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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(2)未完成の城

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「私!?」
 亜季菜は翔子に向かって話しかけていたし、女は翔子と亜季菜以外いない。だが、翔子は突然の指名に驚いてしまった。
「あ、あの、その……」
 翔子はこの時、誰かの名前を思い出そうとしていた。目の前にいる女性が誰かに似ている。翔子の知り合いの誰かに亜季菜が似ているような気がしていた。
 急に立ち上がった亜季菜は翔子の首に腕を回して、強引に自分と一緒にソファーに座らせた。
「今日は女同士で語らいましょう。あたしの名前は姫野亜季菜、で、あなたの名前は?」
「私の名前は瀬名翔子です……じゃなくって」
「いきなり嘘? 自己紹介でいきなり偽名を使うなんて、詐欺師の才能があるわね」
「そういうことじゃなくって、亜季菜さんって結婚なさってるんですね」
「生まれてこの方、結婚なんてしたことないわよ」
「でも、苗字が?」
 愁斗の苗字は『秋葉』である。
「苗字? ああ、苗字ね、愁斗と違うって言いたいのね。ぶっちゃけね――」
「亜季菜さん!」
 亜季菜の言葉を愁斗が遮った。
 翔子が振り向いた先には着替えを済ませて来た愁斗が立っていた。
「亜季菜さん、余計なことは言わないでください」
「愁斗クンったら、秘密主義者。そうなんだ、この娘カノジョなのにぜんぜん話してないのね」
 愁斗が翔子に話していないこと、それはいったいどんなことなのか?
 翔子も亜季菜の意味深な言葉が気になってしまったが、愁斗がその件について触れられたくないようなので、話題を変えた。
「亜季菜さんって、何かお仕事とかなさってるんですか?」
「自営業……かなぁ、いちよう組織のボスで、例えば貿易とか?」
「女社長なんですか? カッコイイですねぇ」
「まあ、そんなところね」
 ふと亜季菜が愁斗に視線を移すと、愁斗が鋭い目つきで亜季菜を見ていた。何か変なことを言わないか目を光らせているのだ。亜季菜は酒を飲むと饒舌になるので何を言うか冷や冷やしてしまう。
 残っていたビールを全部喉に流し込んだ亜季菜は、テーブルに空き缶を置くのと同時に立ち上がった。
「さぁて、そろそろ仕事に行こうかしらね」
 亜季菜は愁斗の顔を見て命令した。
「愁斗クン、途中まで送って行きなさい」
「何で?」
「いいから!」
 亜季菜は愁斗の腕に自分の腕を絡めて強引に歩き出した。
「じゃあ翔子ちゃん、まったねぇ〜!」
 玄関を出たところで亜季菜は愁斗の腕を開放した。
「ちょっと話があるからそこまで付き合いなさい」
 もう亜季菜は酒に酔っている雰囲気はなかった。もしかしたら、最初から酔っていなかったのかもしれない。
 前を歩き出した亜季菜に合わせて、愁斗は何も言わずに歩き出した。
 エレベーターに乗ったところで亜季菜が口を開いた。
「この娘にどれくらい話しているの?」
「……あのひとは僕の傀儡になりました」
「あの娘が!?」
 この言葉と同時にエレベーターのドアが開かれた。
 エレベーターを降りた愁斗は静かに言った。
「でも、ほとんど何も知りません。組織の話は全くしませんから」
「大切な娘ならちゃんと全部話してあげなさいよ、せめてあたしが知っていることは全部よ。でも、お遊びの娘なら別にどうだってかわないけどね」
「遊びなんかじゃありません!」
「だったら話なさいよ、すぐとは言わないけど、あなたの気持ちの整理がついたらね」
「……はい」
 道路ではリムジンと運転手が亜季菜を出迎えていた。
「じゃあ、行くわね」
「じゃ」
 少し歩いたところで亜季菜が振り返った。
「じゃないわよ、これから愁斗クンにも仕事に来てもらうのよ」
「今日ですか?」
 愁斗は残して来た翔子のことが心配だった。だが、行きたくないと言っても亜季菜は許してくれないだろう。それが条件なのだから。
「今からすぐよ、さっさとリムジン乗りなさい」
「でも、紫苑を部屋に置いたままです」
「愁斗クン自身でも大丈夫でしょ? さっさとカノジョのもとに帰りたいなら、さっさと仕事を済ませない」
「わかりました」
 その口調は機械的な口調だった。この愁斗のことを亜季菜はまるで人形のようだと思っている。
 二人がリムジンに乗るとすぐに走り出した。
 リムジンの中で愁斗は翔子のケータイに電話をかけた。
「瀬名さん、ごめん――」

 愁斗と亜季菜が出て行ってしばらくして、翔子のケータイに電話がかかって来た。
 ケータイのディスプレイには『秋葉愁斗』と表示されている。
《瀬名さん、ごめん。ちょっと急用ができて出かけて来るけど、だいぶ遅くなるかもしれないから、帰ってもいいよ》
 翔子は相手には見えないがとても寂しい顔をした。せっかく愁斗の家に来たのに、という気持ちかが翔子の心の中に蓄積された。
「帰ってもいいよって、鍵は?」
《あのね――》
「あ、いいよ、留守番してる」
《だから、遅くなると思うよ》
 せっかく愁斗の家に来たのに帰ってしまってはもったいない。それに翔子はお泊りの準備も実は万端だ。
「ううん、一日でも二日でも待ってるよ」
《そう……冷蔵庫の中にあるものとか勝手に使っていいから、あとお風呂も。鍵はテーブルの上にあるんだけど、わかるかな?》
 翔子は空き缶の横にあった小さなカゴに入っていた鍵をつまみ上げた。
「たぶん、見つけた。これだと思う」
《出かける時はそれで鍵閉めてね》
「うん、わかった。……でも、早く帰って来てくれたら、嬉しい……かな」
《なるべく早く帰るよ。じゃあ切るね》
「うん」
 電話が切れた。まるで新婚家庭の一風景のような会話だった。
 留守番を引き受けたが翔子はすることがなくて困ってしまった。
「あ、そうだ!」
 翔子は名案を思いついた。撫子の家に遊びに行こうと考えたのだ。
 さっそく、翔子は先ほど見つけた鍵で戸締りをして、隣の部屋のインターフォンを押した。
《誰っ?》
 いきなりキツイ口調の撫子の声がした。
「あの、私、翔子だけど……」
《翔子!? ごめ〜ん、ビビッた? 悪気があったわけじゃにゃいから、うんと、にゃんつーか、忙しかったから》
 撫子は組織の仕事を自宅でやっていた真っ最中だったのだ。
「ごめん、忙しいなら帰るね」
《えっ、何しに来たの? いいよ別に、ヒマヒマだから、上がっていきにゃよ》
「でも、今忙しいって言ったじゃん」
《いいよ、いいよ、別にぃ〜、翔子ちゃんは特別だからね。ちょっと待ってて》
 チェーンロックのジャラジャラという音がした後、ガチャとドアが開かれ撫子の顔が覗いた。
「撫子ちゃんのお城へようこそーっ! どうぞ上がっちゃっておくんにゃまし」
「ごめん、いきなり押しかけて」
 翔子は靴を脱いで家の中に上がった。
 前に翔子が訪れた時にも家具が少なかったが、今でも少ない。だが、前回よりは人が住んでいる雰囲気がする。家具がちょっと増えたせいだろう。
「もしかして家具増えた?」
 聞くまでもなかった。前に来た時になかったこたつがある。
「翔子ちゃんチェキだね。こたつが増えたし、料理もはじめたから食器とかも増えたよ」
「料理はじめたんだ、すご〜い」
「エッヘン! なかなか上手なもんだよ」