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野ばらの君

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 マスタング卿の滞在は、誰もが予想していたより長いものになるようだった。
 ようだった、というのは、つまりはっきりした予定が告げられていない、という意味である。戴冠式に参列する前に一度東部へ戻るのかと思われていたが、どうやら彼は戻らないつもりでいるらしい。確かに辺境の反乱は平定されており、彼の領地に不安らしき不安はないのも事実だった。だが、それでも、普段は何かと理由をつけて中央への出仕を拒んできた節がある男だけに、不可解と言えないこともなかった。
 口さがない者は、ここぞとばかり、彼の出生にまつわる謎を囁き、彼には王位への野心があるのではないか、と悪し様に言った。エドは知らなかったが、前女王が彼に与えたものは疑惑を呼ぶくらいには大きく、唐突のないものだったのだ。縁もゆかりもない子供に与えるにしては大きすぎるそれに、当時からロイの出自は疑惑の目で見られていたのである。
 また、目下王族にとって最大の障壁であるブラッドレイ公家の勢力は、彼の登場を別の意味で苦々しく思っていると言われていた。これには幾らか過去に遡る別の事情が絡んでいる。数年前に隣国との間に起こった小競り合いで、前ブラッドレイ公の三男(現ブラッドレイ公の弟にあたる)が瀕死の重傷を負い、その指揮する軍も壊滅状態に追い込まれたことがあった。その時その危機を救ったのがほかならぬマスタングであった。つまりブラッドレイ公家には彼に対して大きな借りがあるのだ。大貴族ともなれば、面子は重々慮らなければならぬのである。
 反対に、このブラッドレイ公家への恐らく唯一の対抗勢力であるブラマン侯爵側にとっては、この男の中央への登場は心強いものになった、といえる部分も大いにある。しかし語尾がどうしても曖昧になってしまうのは、とりもなおさず、彼の出生には大いに秘すべき秘密があることを侯爵もまた存じていたからだ。当然、侯爵の孫娘にして、現在次期国王の側近を務めるリザもまた、その秘密を知っていた。
 それに、マスタング自身が全くの無力ではない、どころか大きな権力をもっていることも状況を微妙なものにしていた。
 彼にはおよそ国の四分の一にも及ぶ領地がある。これはどの貴族をも圧して余りあるものだ。特に中央の貴族には領地はほとんど持たず、ただ宮廷に使えることでの禄でのみ暮らしている者も多いから、それだけの領地を有することはほとんどないに等しい。どうしてこんなにも広い領地を彼が治めているかといえば、単純に彼が辺境を国の版図に加えたからである。書類上、外交上はそこはアメストリス王国の版図だが、実質的なことを言うならマスタング卿の領地だった。中央の人間はそれを恐れ、あるいは嫌悪し、東部一帯をマスタング王国などと呼んでもいる。彼を指しての「山賊」という蔑称もそうした恐れから――つまりいつ彼が牙を剥くともわからない、という――発した部分が大いにあった。そもそも、彼の領地はただ広いだけでなく、国の穀倉といわれるくらいに豊かな生産量を誇り、さらには積極的に導入された各種技術による躍進もめざましかったから、中央の官吏などから見たら恐ろしくて仕方ないのも無理はなかった。
 加えて、彼は、枢機卿という特殊な肩書きも持っていた。
 アメストリスにおける枢機卿とは国政の場で国王や他の貴族に対しての監査権を有しており、場合によっては宰相をも凌ぐ発言権を持つ。だが、この百年ほどは空位となり、既に形骸化した役職であった。これを前女王が晩年になり復活させ、既にしてその頃は押しも押されぬ大貴族(領地の面で言うのなら)となっていたマスタング卿を任じた。今にして思えば、女王は死期を予感していたのかもしれない、そう思わせるタイミングだった。
 今まで彼が枢機卿の監査権、発言権を行使したことはない。だが、これから先もそうであるとは限らない。
 広大で豊かな領地と、付与された大きすぎる権益。これらを背後にちらつかせるマスタングという男は、宮廷に降って沸いた災厄以外の何者でもなかったといえる。

 だが、王子の振りをする王女にとっては、その男は災厄でも面倒でもなかった。側近は彼に極力近づかないようにと釘を差したが、エドはその、今まで周囲にはいなかったタイプの男に正直惹かれてもいた。といっても、兄のような、下手をしたら父のような感覚ではあったが。
 それに、側近の近づくなという厳命には確かに一理あったが、それ以上に近づくことのメリットもまた大きく無視できないものだったから、結果的にこうして連れ立って歩くのも大目に見てもらっている。
「昔、まだ子供だった頃なんだけど」
 今も宮廷内の散歩につきあわせ、思い出話に目を細めていた。
 弟が眠ってしまった上に母は亡くなり、回りは敵だらけ。そんな彼女にとって、正体を明かすわけにはいかないにせよ、こうして昔の思い出を共有できる相手は貴重だった。彼がエドを王子と思っているのかどうかはわからない、とエドは見誤ることなく理解していた。だが、そうだとしても、姉弟の小さい頃を知っているという体験はやはりエドには嬉しいものだったのだ。
 と、斜め後ろに従う男から小さな笑みがこぼれた。
「…卿?」
 それに怪訝そうに振り返れば、彼は目を細めて少しだけ首を傾げていた。それは穏やかな微笑で、これが宮廷の女官達であったなら頬を染めていたかもしれない。
「…今でもまだ子供でしょう、殿下は」
 この答えに、エドはむっと眉を吊り上げた。
「子供じゃない」
 むっとして言い返すと、なぜか、彼は今度は困ったような、寂しげなような顔を浮かべた。
「……卿?」
「12といえばまだ子供ですよ。私が殿下くらいの頃は、もっとわがままでした。…イーストシティなら、殿下くらいの年の子供はまだ元気に飛び跳ねているものです」
 その台詞で、彼がエドの境遇にどちらかといえば同情を覚えていることが知れた。かっ、と子供のまろい頬に朱が走る。馬鹿にされた、と思ったのだ。
 だがそれに関しては男の方が一枚も二枚も上手だった。
「勘違いはなさらないでください。殿下は頑張りすぎだと申し上げただけです」
「…頑張りすぎ?」
 けして馬鹿にしているのでも、侮っているのでもないのだとロイは言外に告げた。そして、とうとう膝を折り、下から覗き込むようにしてエドを見上げる。
「ええ。随分と肩に力が入っているように見受けられます」
「………。虚勢張ってる、って?」
 拗ねたように口を尖らせる「王子」に、男はやさしげに笑った。そして、不意打ち。
「…っ」
 唐突に突付かれた眉間を両手でばっと押さえて、エドは目を真ん丸に見開いて言葉を失った。そうやって自分の眉間を庇う仕種に、立膝ついたまま男は笑った。
「可愛い顔が台無しだ、と言ったんですよ」
「……………」
 にっこり笑う辺境の大貴族、ただ一人設けられた枢機卿に、エドは言葉を失う他なかった。

 むくれてみせても一向に堪えた様子なく、どうぞお赦しを、ときれいに笑ってみせるマスタング卿に敵うべくもなく、結局エドの散歩はまだ続いていた。気を取り直して、先ほどの会話の続きをしてみたりもする。
「うんと昔。まだ父上が生きてた頃なんだけど…」
作品名:野ばらの君 作家名:スサ