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Hero-ヒーロー-

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7章 ドラコの箒



ドラコは顔を上げることなく、無言のまま玄関脇に立てかけられている箒を持つと、本来の目的ではなく普通にそれで床を掃き始めた。
割れたガラスがガチャガチャと音を立てながら、ひとつのところに集まり始める。

「いったい、どうしたんだよ、マルフォイ?頭がどうかしちゃったの?まるでマグルみたいなことを君がするなんて」
ハリーは相手の箒の柄を掴む。
ドラコは突然伸びてきた手にひどく驚いたようだ。
慌てて顔を上げると、目の前にいるハリーを確認して驚き詰めていた息をホッとはいた。
「なんだ……、お前か」
さっきのごたごたのせいで、ついハリーが家を訪れていたことを、すっかり忘れてしまっていたらしい。
「驚かすな!」
フンと不機嫌な顔をして、咄嗟に動転してしまった自分の失態を取り繕うとした。

再びドラコが箒を引っ張り、床を掃きそうとし始めたので、絶対に相手に渡すまいとハリーはしっかりと自分の手に箒を握りこむ。
負けじとドラコはそれをグイグイと引っ張った。
「離さないか。わたしの箒を返せ」
言っても、引っ張っても、それを離そうとはせず、逆に伸ばした自分の手をグイッと引かれてドラコはハリーに引き寄せられる。

相手の瞳を覗き込み顔を近づけて、ハリーは不機嫌な顔で尋ねてきた。
「君が箒をそんな風に扱うなんて信じられないよ!ニンバスだよ。確かに少し旧式だけど立派なニンバス7000じゃないか。――いったいどうして?」
ドラコは唇の端を少し歪めると、ふてぶてしそうに嗤った。
「ふん、ただの箒だ。7000なんかより今はバージョンアップして9500の時代じゃないか。旧式の箒だ。わたしが何に使おうと勝手だろ。これでいつも床掃除をしているぞ」

ハリーは俯き、箒の先を確認して、苦悶するような声を出す。
「ああ……、なんてことだ。箒の先が毛羽立っているじゃないか。これじゃあ、最高速度が出ないよ。箒本来の性能が発揮できないなんて……」
ほとんど職業病のように、ハリーはニンバスの手入れの悪さを嘆いた。
「マルフォイ、箒用のオイルはどこにあるんだ?松脂とセーム皮はどこ?鉄のブラシとハサミも必要だよ。……こんなに先がボロボロになるなんて、信じられない。僕が手入れするよ。君には任せられない」
箒マニアで、箒には並々ならぬ愛着があるハリーにとって、痛んだ箒ほど悲しいものはなかった。
例えそれが自分と犬猿の仲の箒だとしてもだ。

「ない!」
きっぱりとドラコはその言葉を撥ね付ける。
「嘘を言うなよ。ちゃんとオイルを塗った部分もあるじゃないか。そこらへんのマグルの竹箒とは訳が違うことくらい、君も知っているくせに。ニンバスシリーズは僕の持っているファイアボルトと同じくらいのハイクラスの極上品だ。よく手入れしたら、コントロールの正確さは、他に並ぶものがないほどの高性能なのに。それがこんな情けない姿になるなんて……」
ハリーが嘆いているのを尻目にドラコはその箒を取り返そうと躍起だ。

「箒を離せ。床掃除をしなきゃ、ガラスがそこら中に飛び散って危ないだろ。破片で怪我をしたらどうするんだ、まったく!」
「何、寝ぼけたことを言ってんのさ?杖を振ればすぐに片付くことじゃないか」
「杖を振るなんて、余計体力を使うことなんかするものか」
「君が何を言っているのか、僕にはさっぱり分からないよ。こんな後片付けなんか、簡単なことなのに」
ハリーは怒った顔で自分のポケットから愛用の杖を取り出すと軽く振って、割れたガラスに軽い魔法をかける。
淡い光を纏った破損したガラスがみるみる一箇所に集まり、一枚板のガラスになると中に浮かび、その次には窓にかっちりと納まった。

ハリーはその出来に満足そうに頷くと、ドラコのほうに顔を向ける。
「窓もちゃんと元どおりに直したよ。さぁ……、今度は君が僕の要求に応えるべきだと思うんだけど――どうなの、マルフォイ?」

「フン、余計なことを」
憎まれ口をたたいて相手が少し気を緩めた隙に、サッと握られた箒を自分の手元に取り返した。
「――――あっ!」
一瞬のことで、咄嗟にハリーも反応できなかったらしい。
年のせいで反射力も弱まっているし、相手のほうが一枚上手だ。
ずっと昔からドラコはとても動きが素早くて、ずる賢い相手だったからだ。

「約束がちがうだろう、マルフォイ。さぁ、箒を渡してみて。手入れするだけだから」
「必要ない!」
きっぱりとドラコは否定する。
「だから、悪いようにはしないって!箒の手入れは慣れているんだ。プロ級だよ。自信はあるんだ。僕に任せてみてよ」
「貴様はわたしの敵だ。信じられるものか」
ドラコは箒を持ったまま、ハリーが近づいて数歩前へと出れば、すかさず右へ左へと身を翻した。
太った体のハリーより、細身のドラコのほうが数段動きが機敏なようだ。

「あー、分からないかな。君が敵だから尚更だよ。ライバルだからこそ、そんなヘナチョコな箒なんか持って欲しくないんだ。もし戦って自分が勝っても、君に出来損ないの箒のせいで負けたなんて、言い訳されたら堪らないからね」
「わたしはそんな矮小で卑怯な考えなんか持っていないぞ。失敬な!」
ああ言えばこう言うと、無意味な応酬の繰り返しで逃げてばかりで全く埒があかない。

「マルフォイ、箒の手入れキットはどこにあるのさ」
「ないものはナイ!」
取り付く島さえないない相手にハリーはムカムカしてきた。
「別に箒を折ろうって訳じゃないのに。――このひねくれ者!」
「ないものはないし、誰も頼んでいないだろう。――このお節介!」
売り言葉に買い言葉で、腰の曲がったじいさんたちがにらみ合い言い争いをしている場面は、もしここに第三者がいたらかなり滑稽に写るだろう。

「……じゃあ、もういい。君には頼まないよ」
そう言うとハリーは踵を返して、さっさとクローゼットのほうへ歩いていった。
おもむろにクローゼットの扉を開き始める相手に、ドラコは目を剥いた。
「なっ、何をしているんだ、ポッター!人の箪笥に勝手に手を突っ込むなんて」
慌ててドラコが駆け寄ってくる。
「ふん、別に見られて困るものなんかないだろ。この年になって」
「見る、見られるの問題じゃない。マナーの問題だ!人の断りもなくこんなことをするなんて、非常識にもほどがある」
ドラコが開かれた扉を閉めようとするのを、易々とハリーは刎ねつける。
今度は体格がいいハリーのほうに軍配が上がった。

扉の中にはかなりくたびれた感じのワイシャツや、ひじの部分がてかっているジャケットなど、ろくな洋服しかハンガーに吊るされていない。
箪笥の引き出しの中には伸びてシワが寄っているセーターなどがある。
概して服はあまり入ってなかったし、しかもそのどれもに着用感があった。
ハリーはそれを目の当たりにして、なんだか気まずい気分になる。
むかしの輝かしい頃の相手を知っているからこそ、余計に切なくなってきた。

ドラコは怒った顔で一番下の引き出しを引っ張ると、箒のグルーミングセットを取り出す。
「いいかげんにしろ。わたしのものを勝手に触るな。探している物はほら、ここにあるから」
これ以上は荒らされたら堪らないと、しぶしぶそれを相手に手渡そうとする。

しかしハリーは動かなかった。
作品名:Hero-ヒーロー- 作家名:sabure