懺悔ごっこ
胸にかけたロザリオを両手で握り締めて、妹が呟く。小さい頃はおてんばで泣き虫だったのに。今はすっかり年頃になり、とても綺麗になった。
「同級生の子を、少しねたましく思ってしまいました。これはわたしの勝手な感情です」
「どうしてそう思ったの?」
僕がそう聞くと、妹はほほを少し赤らめて、ちょっとだけ目線を横へとずらした。その様子は、兄の僕が見ても可愛くていとおしい。
「それは……羨ましいって、思ったからです」
「何を?」
そう尋ねる僕の顔は、自然とゆるんでいく。もういい年齢だから。大体は予想がつく。
「神父様は、そんなにいじわるじゃないでしょう? からかわないで」
あぁ。ちょっと怒ると、頬をふくらませてそっぽを向くのは、昔からの癖だ。
「はは。ごめんごめん。神様はとても懐が深くてお優しい。許してくださるでしょう」
いつかと同じように、ごめんと僕はあやまる。悪いなんて、ちっとも思っちゃいないのだけれど。
「いつもわたしばっかり。兄さんもたまには懺悔したら? 溜まってるでしょう?」
すねていたかと思うと、悪戯っぽい目つきでそういう。いつのまにかすっかり女性だ。
「僕は、そんなに欲深くないもの。そんなにないんだよ」
妹は素直なのに、僕はいつも嘘ばっかり。喉から手がでてしまうくらいに欲しいものがあるくせに。
何があったって、絶対に手放したくないものがあるくせに。
「そんなにってことは、あるんじゃない。子羊さん、いってちょうだい」
そういって彼女が僕の首へとロザリオをむりやり掛けた。学生がして似合うものじゃないと思った。
「仕方がないなあ。僕は可愛い妹に、悪い虫がつかないかどうか心配です」
「それじゃあただのお悩み相談じゃない。まったく……」
困った顔をされたけれど、こればっかりは本当なんだからいいだろう。そうして今度はロザリオをむしりとられた。
幼い頃も今も、変わらず十字架に向かって懺悔をする僕ら。いつまでも子供のままじゃあない。
そこに神様なんていやしない。祈りは宙へと散るだけ。罪なんて本当はないのにそれでも告白をする。許しなんていらない。
本当に罪があるならば、軽々しく懺悔なんでできないと思うのは間違っているだろうか。どんなものでも、それが本当の罪だというのなら、許しなどないようなものじゃないのか。生活の一部でも、僕らにとってはただのおままごとにすぎない。形ばかりの儀式。きっと、心のよりどころが欲しいだけ。
親に捨てられて――神様にまで捨てられたなんて信じたくはないから。勝手な思い込みだから、許してほしいなんていわない。受け入れてほしいとも思わない。これは二人だけの、遊びなんだから。
ひっそりと胸に秘めたこの想いも、たぶん罪なのだろう。吐き出してしまったなら、壊れてしまうもろい罪。神様の許しが届く前に、儚く消えてしまう。だから僕はたとえ仮初の遊びでも、その想いは懺悔しない。
妹がたまにいう。神様や神父様も懺悔をすればいいのにね……と。
神父様だって、誰もいないときに告白しているのかもしれない。神様は、わからないけれど。
これから先。僕らはずっとこの遊びをやめないだろう。
僕らは死ぬまでに、幾度懺悔という告白を繰り返すのだろうか。
無邪気に笑う妹を見ながら、今日も僕は胸の中で一人、呟く。
神様、神父様。
抱いてはいけない想いをもってしまった、哀れな子羊の。
僕の罪をきいてください。