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きこえますか聞こえますか

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「不思議なんだ、」

なんだか泣き出しそうな声で彼は言った。
華奢な身体を精一杯小さくして俯いてつぶやく。
今にも雨が降り出しそうで不安な声に俺の心がぶるぶると震える。
助けろ、助けろ、と甲高い警告音を発していた。

「僕には人の声はうまく聞こえないのに、幻想の声はよく聞こえる」

出会ってからほんのひと月しか経っていない俺に、彼は弱点を晒すことを惜しまなかった。
人より少し耳の聞こえない彼は出会って数時間しか経っていない俺に「幻想の声はよく聞こえるんだ、」と言った。
彼曰く、その幻想は人の想いが人間の形になったものだという。
彼曰く、その幻想は思い出と想いと願いでできているのだという。
彼曰く、その幻想は自分に意地悪ばかりしてくるという。
彼曰く、その幻想たちは寂しがりやなのだそうだ。

「幻想たちは僕を助けてくれることもあるのに、僕を貶めるようなこともあるんだよ」

もう聞きたくない、と頭を振った彼は、とうとう泣き出した。
すんすん、と鼻をすすり、嗚咽を漏らした。
俺の警告音はたすけろたすけろ、と鳴り続けていたのに、どうしたことか身体がうまく動かなかった。
まるで、泣き出した彼に触るな、とでも空気に言われているように動けなかった。
誰がいる訳でもないのに、誰が俺を押しとどめている訳でもないのに、人知れず、つぶやいた。

「俺は彼に優しくしたいんだ」

空気が揺れた気がした。
緩んだ、とでも言うのだろうか。
俺の腕は彼を抱きしめていた。
幻想の声に囚われている彼を助けたかった。
気づいてほしかった。
何度も囁いた言葉が、彼に届いていることを。

「なあ、俺の愛はよく聞こえてるじゃないか」



きこえますか聞こえますか
作品名:きこえますか聞こえますか 作家名:葦口