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窓辺にて

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私は私と違う窓から違う景色を共有している人たちとおんなじものが見たかったし、だから背伸びをしていたのだし、おんなじものが見えているように振る舞っていた。
 けれども伸ばし続けた脚の筋肉は痙攣するし、見えないものを想像するにはまったくこの脳みそは貧相で、何よりそんなことをしたって窓にはとても届きそうになかった。
 くじを引くように選んだ私の手を引いてこの部屋に連れ込んできたその人は、しらしら歩いているあいだじゅうずっと遠い目をしていた。けれども同じものが見える人たちをようやく見つけた幸いにとても眩しく笑っていたので、私は言いたかった言葉を呑み込むことしかできなくて、紙よりもうすっぺらく笑った。
 くたくたに疲れ果てて、とうとう座り込んだところにある私の窓から見える景色は、ひどくつまらなくおもえた。つまらなくおもえたけれど、懐かしくてほっとして、私はこの景色をきっと愛そうとおもった。
 周りの人たちに「別の窓を見に行こう」と言われ、ついて行こうとしたその人は、私がもう立ち上がれないのを知って困ったみたいだった。いちど拾ったら例えそれがごみくずでも棄てられない、残酷にやさしい人だった。
「行っておいでよ」と言ってから、かろうじてまだ繋がっている手の皮膚と皮膚がいつの間にかくっついてしまっているのに気がついた。私もその人も痛いのが怖い臆病者だったので、そして繋がっている皮膚の先はごみくずでも棄てられない人だったので、「どうしようね」って泣きそうな声でふたりで困った。
 とてもとても困って、いろんなことを考えて、そんななかで私はこっそり、ふたりきりで歩いていたときの遠い目を思い返していた。私は、ああ、ただこの人に笑っていてほしいな、と気がついて、自由な手のほうにナイフを持った。繋がっているほうの自分の手首にナイフを突き立てて、骨や筋肉や血管をぎいぎい切り断っているあいだ、違う窓を見つめている時の笑顔を思い出していた。
 私は違う窓から見える景色が見たかったんじゃなく、その景色を見て笑うこの人と同じものが見たかった。本当の本当は、同じものが見えなくたってこの人を笑わせてあげられる何かになりたかった。笑いかけてくれるなら人間じゃなくたって、窓の先に見える景色のひとかけらでもやわらかい風のひとすじでも、そういう刹那的なものでもよかった。
 けれども私はどうしようもなく私にしかなれなくて、覗いている窓から見える愛すべき景色はつまらなくて、切り離した手首の血は止まらなくて、あなたはここから去ってゆくのです。
作品名:窓辺にて 作家名:東雲せぞん