背徳のアリス
うつらうつらとする意識の中、低い声が僕をさらうように呼んだ。
風呂から漂う湯気のようにあたたかいその声音は、冷水のように冷たくなった僕の下腹部をじんわりと温める。
僕がこの屋敷に住む黒井に拾われてから三月が経った。
自慢ではないけれど、世間でいう整っている顔の部類に入るであろう僕は当初、彼も花を求めていたのだと思っていた。
たまにいるのだ。変わった花を求める人間は。
たいていそういった人間は、変な形をしている。
へそ曲がりな形をしたキュウリのようにひねくれまがっているのだ。
もしくはとても寂しがり屋の人間か。
今日はラベンダーの香りに包まれた湯船で、乳白色の湯の中、彼の大きな手に洗われる。
猫を洗うように優しく、くすぐるように、愛でるように。
「男なのに可愛らしい名前であることを気にすることはないよ、アリス。俺の名前だって葵なんて女々しい名前なのだから」
旋毛からつま先までラベンダーの香りに包まれた僕に黒木はそう言う。
本当に満足そうにそう言う黒木はきっと今幸福に包まれているだと思う。
小汚く道路の脇に転がっていた僕なんかを愛でることで幸福に包まれる安い男なのだ、黒木は。
「気にしてなんかいないよ、」
髪を撫でる黒木の大きな手のひらに、自分のやせっぽっちの貧弱な手を重ねて、もう一度、きにしてなんかいない、とつぶやく。
「このなまえは、はじめて黒木に抱いてもらった日に付けてもらった名前だもの」
今でも鮮明に思い出せる。
目眩のしそうなほどの熱気と、青臭さと黒木の匂いを、僕はまだ鮮明に覚えている。
「ねえ、黒木、僕を抱いておくれよ」
背徳のアリス