街はずれ
それは道の脇に生えている雑草だったり、黄色い目でじっと僕を睨む猫だったり、薄汚れた外套を羽織った男だったり、対象は様々だ。
すっかり街の中心から取り残され、再開発の目処も立たない、そんな街はずれが僕は好きだった。
今日も小さく笑みを浮かべ、僕は帰り道、街はずれの小さな町工場の脇を小さな歩幅で以て歩いている。
それは小さな小さな楽しみだった。町工場の中から聞こえてくる何かを機械で削る音が、僕の中から言葉をはぎ取り、ただ音の世界に沈みこませる。
僕の中に眠る、失われた物への惜別の嘆きがそっと目を覚ました。僕は僕が生まれる前、遥か昔の僕に戻って町工場の音に自分を溶かしこむ。
気づくと今日も僕のすぐそばに生き物の気配を感じた。僕は言葉の世界に戻ってきて、誰だ、と問いかける。
かあ、と鳴いて答えるものがあった。町工場の屋根の上に一羽の烏が、夕闇に自らを紛れさせ、じっと僕を見つめている。
僕はじっと烏を見つめ返す。烏の目がじっと僕を睨むように見えた。それでも僕は烏を見つめ続ける。静寂が二つの命の間に流れた。
断ち切ったのは烏が羽で屋根をたたいて飛び立つ音だった。烏が翼を広げ、夕闇に飛翔していく。
僕は烏を目で追いながら、小さく笑った。今日も一つの出会いがあった。去っていくものもある。だが、街はずれの空気は去っていくものを悲しむよりも、残ったものへの慈愛で満ちていた。
僕はそんなことを考えながら、ボルトを作っているであろう親父にただいまを言うために、町工場の戸を開けた。