呼び寄せるもの 【腐った隣人】
【腐った隣人】
耳をつんざくような子供の悲鳴が壁の向こうから響いてくる。
こんなはずではなかったと千尋は苛立ちながらコーヒーカップをソーサーに叩きつけた。
真夜中に聞こえてくる子供のすすり泣く声。
女の怒声。
腐った生ゴミの臭い。
それに加えて時折見かける隣の母親の派手な格好と痩せた子供の顔を見て、容易に想像がついた。
『幼児虐待 4歳児虐待死』
新聞に躍る悲惨な文字が、人々の同情を集め、同時に人々を喜ばせるのだろう。
この事態を防ぐ手段を千尋は知っていた。
しかし、未だ通報の電話一本もしていない。
「逆恨みされたくないからね」
すでに隣の女には顔を知られている。
下手に通報なんかして、女が逮捕もされず、引越しもせず、事態が変わらないままだったら。
通報する人間なんかは両隣、上下、同じ階の人間、同じマンションの人間。その辺りに限られてくるだろう。
隣の女の格好を見るに、交友関係もマトモであるとは考えずらい。
恨みを買って、復讐なんかされたら、たまったもんじゃない。
こちらは女の一人暮らしだ。
相手が女であれば勝算がないことはないが、男を使われたら確実にこちらが負ける。
隣の子供には可哀想だけれど、赤の他人の子供よりも、自分の方が可愛い。
作品名:呼び寄せるもの 【腐った隣人】 作家名:高須きの