天女は眠る
右手を返しただけでは駄目だった様だ。
何も思い浮かんで来ない。
何故だろうか、何故だろうか、何故だろうか。
折角手が在ると云うのに、これでは意味が無い。
私は無理矢理に小説の筋を作る事にした。
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マッタク上手く行かない。
・・・ああ、何と酷い事なのでしょう。
溢れる様に浮かんで来た筋も、表現も、マッタク浮かんで来ない。
何故だ。
何故だ、何故だ。
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ。
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ。
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ。
キット、この左手を看護婦に返して遣らねばならないのだ。
蛆が羽化し、蝿が飛び回っている。
そうしている間にも、何も思い浮かんで来ない。
蜘蛛の巣が気に為る。
私は左手を看護婦に返して遣る事にした。
看護婦は嬉しそうに、
「ああ」
と云った。
醜い姿をした看護婦は、私を汚らしい手で抱き上げ、ベッドの上に寝かせてくれた。
私は看護婦に
「有難う御座います」
と伝えた。
看護婦は病室から出て行った。
天井を見る。
染みが一つも無い綺麗な天井だが、四隅の内の一つに小さな蜘蛛の巣が張っている。
・・・ああ、誰かアレヲ取ってくれないでしょうか、誰か、誰か。
ガラリ、と云う音がして、看護婦が入って来た。
看護婦は私の体を起こすと、酷く不味い食事を食べさせてくれ、また私を横に寝かせてくれた。
私は看護婦に
「有難う御座います」
と伝えた。
蜘蛛の巣が気になる。
フト、トテモ良い筋が思い浮かんだ。
後から後から溢れて来る。
忘れて仕舞う前に、帳面に書き留めなければならない。
早く、早く、早く・・・・・・誰か、誰か・・・・・・・・・。
忘れて仕舞わない様に、私は何度も何度も何度も何度も、声に出してその筋を繰り返す。
幸運にも、看護婦が入って来た。
私は看護婦に、ツイ今し方頭の中に浮かんだ、素晴らしい筋を伝えた。
看護婦は、私の帳面を小さな棚の中から取り出してくれ、そこに私の伝えた筋を書いてくれた。
私は看護婦に
「有難う御座います」
と云った。
看護婦が出て行って直ぐに、また世にも素晴らしい筋が頭の中に浮かんだ。
ああ、一日に二回もコンナ素晴らしい筋が浮かぶなんて、何と運の良い事でしょう。
忘れて仕舞う前に、帳面に書き留めなければならない。
早く、誰か来てくれないだろうか。
早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く早く早く早く早く早く。
忘れて仕舞わない様に、何度も何度も声に出して繰り返す。
何度も何度も何度も何度も。
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喉が痙攣を起こして仕舞った様だ。
声を出す事が出来なく為って仕舞った。
ジッと天井を見る。
蜘蛛の巣が気になる。
目蓋が重い。
眠くて堪らない。
ああ、どうして誰も来てくれないのでしょう。
私は眠って仕舞った。
起きると、アノ素晴らしい筋をスッカリ忘れて仕舞っていた。
私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。
頬を涙が伝う儘にさせておく。
ガラリ、と音がして看護婦が入って来た。
私は
「どうして、早く来てくれなかったのですか」
と云った。
看護婦は私の熱を測り、一言も喋らずに病室を出て行った。
右腕が幽かに痛む。
私は白いベッドの上に、相も変わらずに寝転がっている。
天井を見る。
視線を下に落とし、白いシーツを見る。
ベッドの上の白いシーツは、これ迄と変わらずに、中央だけが盛り上がっている。
左足の爪先がズキズキと痛んだ。
私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。
イッソの事、考える事を止めて仕舞おうか。
だが、後から後から、物語の筋が浮かんでくる。
自分では覚えて居られない程に、物語の筋が止め処も無く溢れて来る。
私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。
・・・ああ、どうして私には手が無いのでしょう、どうして足が無いのでしょう。
コンナにも素晴らしい筋と、表現が浮かんで来ると云うのに、ソレを書き留める手が無い。
手が欲しい。
足は無くとも構わない。
手が欲しい。
両方とは云わない。
左手が、左手が欲しい。
そうしたなら、私は自分一人で思う儘に小説を書く事出来る。
・・・ああ、手が欲しい。
手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
左手がズキズキと痛む。
(了)