秤はいらない
彼が目の前に広がるこの真っ赤な夕焼けの何を見つけてそんなことを聞いてきたのだか全くわからないが、私も疲れていたので特に気にせずに会話を成立させようとした。
「なあに、星座のはなし?」
「いや、希望する星座のはなし」
二言目で成立が難しいと感じたので私は黙った。沈黙の風がゆるゆると吹く。そんな閑散とした静けさも慣れていて、むしろ心地が良いとも感じる。こんなやりとりは日常的なことなので、彼もさして気に留めていないようだった。
「俺はさあ、ふたご座いいなあ。いつも、占いで一位な気がする」
彼の褒め称えるべきところはいくつもないと思った。けれど、こんなふざけたことを言いながらニコニコと聞こえそうなほどの笑顔を見せるとき、歯並びがいいな、と思う。
「そんなことないよ。たぶん、ぜったい」
「“たぶん、ぜったい”ってズルい言葉だね。真実は分からないのに自分の意志だけハッキリ伝えちゃう感じが」
彼にはストローを噛む癖がある。今現在も、紙パックで売っているイチゴオレのストローの飲み口から二センチ程を噛み砕いている。しかし私は決まって、歯並びがいいな、と思うのだ。
「きっとてんびん座がいいってヤツほど珍しいものはないと思う」
「高野はてんびん座?」
「いや、違うけど。なんていうかな、パッとしないじゃん。パッと」
「みずがめ座とかも、そうじゃない?」
「でも、なんか、てんびん座はけん玉みたい」
「けん玉って。たまに高野の表現はわからないなあ」
「わからないでいいよ」
「てんびん座の神話は要約すると“正義を計るもの”らしいよ」
要約しすぎだ、というツッコミよりも、いつの間にか日が暮れて濁った赤と死んだ紺色のグラデーションに目を奪われた。その太陽と夜を飾りつけられた街灯を数えて、星座のようかもしれない、と彼に言おうと思った。しかし彼はそんな私を遮り、イチゴオレを飲み干して伝える。
「パッとしないほうが、いいのかもね」
彼はまるで太陽が沈むことを知っていたかのように、笑った。