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訴求人

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 私は勇者。今日もまた、人の世を混迷に導く魔王を倒すべく、正義の戦いを続けている。
 魔物を切り倒し、邪教に魂を売った人間の罠をかいくぐって抜けた洞窟の先には、小さな村があった。
 久しぶりに人の温かさに触れられる……そう期待して我々四人のパーティは意気揚々と村の入口へと向かった。近づくに連れ、牧歌的な雰囲気が漂ってくる。よく手入れされた畑が続き、穏やかに牛が草を食んでいた。しかし、どうも様子がおかしい。

「静かですね」

 仲間の僧侶が緊張した声で呟く。無言で頷き返してから、仲間に戦いの準備をするように手で合図した。
 如何に長閑な村とはいえ、こうまでも人影がないのは不自然すぎる。考えたくはないが、この先の村の状態は決して楽観的なものではないようだ。我々は村の入口に掲げられた、集落の名前を表す質素な木のボードを横目に、緊張しながら村へと入った。

「こりゃひでぇ……」

 大斧を担いだ戦士が顔をしかめる。村の中には、村人だったであろう死体が点々と転がっていた。争った様子や、家々が焼かれた形跡はない。死体の一つを抱き起こすと、体には斑紋が浮き出している。

「毒か」

 魔術師が苦々しげに吐き捨てた言葉に、魔物への怒りが新たに燃えたぎるのを感じた。このようにして滅ぼされた村は此処だけではない。方法の違いはあれど、犠牲になるのはいつも戦う術を持たぬ弱き者たちだ。
 魔王にこれ以上、世界を蹂躙させてはならぬ。犠牲者を増やさないためにも、我々の旅を急がねば……

「まだ息がある人が居るかも知れません。手分けして探しましょう」

 毅然たる態度で僧侶はそう言った。無論、異存はない。いくら旅を急ぐといえ、人命が全てに優先する。目の前の一人を救えずして、何が勇者か。
 しかし、我々の望みとは裏腹に、村の中に生者の気配は一切なく、埋葬のために集めた村人の遺体だけが増えてゆく。幾多の困難を乗り越えてきた我々でも、この光景に気が滅入らないわけがない。
 村のはずれにある一軒の家屋に入ると、男がうつ伏せで倒れていた。一瞬、うめき声が上がったように聞こえた私は、いそいで彼に駆け寄った。が、やはり既に事切れている。抱き起こし、手を握ってみたが、そこから温かさは伝わっては来なかった。

「勇者様、どうなさいました。もしかして、生存者が」
「いや……」

 後から入ってきた仲間をかえりみながら、首を横に振る。

「最早彼からの返事はない。ただの屍のようだ」

 落胆の空気が広がったのは言うまでもない。ここが、最後の家だったからだ。唇を噛み締めながらも、立ち上がる。彼も一緒に葬ってやらねばなるまい。そう思って立ち上がった刹那だった。

「……!」

 仲間が息を飲む。振り返ると、先ほどまで確かに死体だった男が起き上がり、恨みがましい眼で我々を見ていたのだ。落ち込み、濁った眼球に異様な光が宿っている。

「おのれ、邪霊にとりつかれたか!」

 一呼吸で抜剣し、油断なく構える。忌々しいことに、人の死体を操る呪われた霊が存在し、それに襲われたことも一度や二度ではない。狭い室内に緊張が走った。が、それを打ち破ったのは、嗄れた声だった。

『ちょっと、待って下さい。別に私は、貴方たちに攻撃する気はありません。ただ一言、言いたいことがあるだけです』
「なんだと?」
『さっき貴方、私をただの屍と言いましたよね。それは、あんまりなんじゃありませんか』

 自分でも、眉が寄るのが判る。

『私は、確かにただの村人でしたよ。でも、それなりに色々努力して生きてきたんです。何も好き好んでこんな死に様を晒してるわけじゃありません』
「判った。さっきの発言は取り消そう。君たちの無念は、必ず晴らす。だからもう眠たまえ」

 剣を収めながら、穏やかに告げる。確かに悪いのは魔王とその軍勢。彼には罪はないのだ。しかし、私の言葉を聞く素振りもなく、彼は言葉を続けた。

『私は街からこの村に来、農業の指導をしていました。人様の役に立ちたいと思ったからですよ。外で畑をご覧になったでしょう。あれは私の努力の成果であり、生きていた証です』
「……うむ、見事なものだったな」
『しかし、最早それも終わりだ。村人は皆死んでしまったのでしょう。私の努力はどうなるんですか。こんなことになるのだったら、遊んで暮らしていたほうが良かった』
「いや、君の行いは立派だった。悔いは残るだろうが……」
『仕方ない、と仰りたいのでしょうが、まったくバカを見た様なものではないですか。世の中にはもっとうまく立ちまわって生きている人も大勢居る。なんだってこんな村で私が……』

 男の訴えは延々と続く。仲間からは溜め息が漏れた。
 私は勇者だ。この世界を平和にするため、戦いの手を休めることはないし、いつだってこの生命を投げ出す覚悟はできている。
 しかし、路傍で倒れた旅人に出会った時や、このように滅ぼされた村で善良なる人々の死体に出会うと、いつもこうなるのには流石に閉口する。言いたいことは沢山あっても、生きている内には言えなかったのだろう。鬱憤を晴らす機会は今ぞとばかりに語りだす。いちいち時間がかかって仕方なかった。

「勇者様」

 外の気配に気づき、僧侶がそっと耳打ちしてくる。扉を開けるまでもなく、外には亡者の群れが列をなしているだろうことは想像できた。早くしろ、まだかと喚いては嗜められるものすら居るようだ。
 しかし、彼らがどんなに我々の時間を食い潰そうとも、斬り伏せ、焼き払ってしまうわけにもいかぬ。元は善良な人々だし、誰に危害を加えるわけでもない。言いたいことを言い尽くせばまた、物言わぬ屍に戻るのだ。生きていた時のように、無害でおとなしい、ただの屍に。
作品名:訴求人 作家名:酒虎