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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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図書館にて - in the library -

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『図書館にて』


 書庫に入った瞬間、視線のまっすぐ先、書棚の横に立つ細い姿が見えた。最低限の照明の中でも誰なのかはすぐにわかる。一瞬臆したものの、ここに来た用事を思い出すことで足を前に進めた。
 他に誰の気配も感じられない中、彼女がこちらに気づくのも早かった。かすかに驚きを表した顔が、ふっとやわらぎ笑みをつくる。
 「名木沢くんか、びっくりした」
 久しぶりだね、と見上げる笑顔に心臓がとくりと音を立てた。
 この大学の学生になって1ヶ月弱、学部の違う彼女とは入学式での席位置が離れていたし、講義も文学部と経済学部では重なるものがほとんどないから、広い構内では偶然遭遇する可能性も低い。最後に顔を合わせたのは2月末の卒業式だから、確かに久しぶりだと言える。
 今週あたりからようやく落ち着いたけど、高校までとは全然違う大学の講義、履修その他の事務手続き、所属したいサークルの選択と入部にともなう活動などで、先週まではかなりバタバタしていた。忙しい中でふと一息つく時には、決まって彼女の顔が思い浮かんだ。
 どうしているだろう、きっと同じように忙しいだろうけど、元気にしているだろうか。
 そう考えるのは心配だからでもあったが、彼女の表情や声を思い出すと自然と心が安らいだ。会いたい気持ちが前提だったから、なかなか会えない現実を思って少しばかりせつなさも混じったけれど。
 だからこそ、久しぶりに会った今が、少し緊張するけど嬉しい。だがその感情をありのまま表に出したりはしない。ただの友達、小学校からの顔なじみでしかない自分が再会を喜びすぎたら不自然だから。――万が一にも想いを気づかせて、彼女を困らせることになるのは避けたいから。
 「どうかした、槇原」
 最初に気づいた時からそうだったのだが、彼女はずらりと並ぶ書棚の側面をためつすがめつ、小さな頭を動かして見回している。先ほど見せてくれた笑顔はかき消えて、なにやら不安そうな、困ったような表情だ。
 「……うん、あの…………この棚、どうやったら動かせるか知ってる?」
 大学図書館の中でもこの書庫は新しくできた方で、設備も他のエリアとはいくらか違っている。天井と床に長いレールが2本ずつあり、その間を横切る形で大きな書棚がおよそ15台。うち、本の背表紙が見える状態なのは2台だけで、残りはぴったりと隙間なく並んでいる。
 手で動かせる重さではないし、そもそも手動のシステムではない。この書庫には一度来たことがあり、自分もその時は戸惑ったが、わかってみれば簡単な操作手順だ。
 「ああ。こっち、動かすボタンあるから」
 指差しながら書庫の一番奥に導くと、壁に設置された物に彼女も気づいたようだった。『書棚の間に人がいないか、必ず確認してから操作して下さい』とゴシック体の巨大な文字で書かれた注意書きの横に、操作盤が取り付けられている。
 必要な書棚の番号を彼女に聞き、入力して「決定」のボタンを押すと、機械音がして書棚がレールの上をすべっていく。10秒もしないうちに動きは止まり、書棚の列の真ん中あたりに、人が2人ほど通れるだけの幅ができていた。
 一連の現象を彼女は目を丸くして見つめ、終わった後には「わあ」と一言、やけに感動したような声音で口にした。
 「すごい、最近のってこんなふうになってるんだ。ありがとう」
 「……いや、たいしたことじゃないし」
 裏のない素直な笑顔に目を奪われて、返答の間が若干空いたことを彼女は全く気に留めた様子もなく、「そうだよね、すぐわかるよねえ。なんで気づかなかったのかな私。それじゃ」と目的の書棚に早足で向かう。
 半ば無意識に、その背中を追って足が動いてしまった。当然ながら振り返った彼女に驚かれる。
 「えっ何、どうしたの」
 「あ、っと、俺もこっち用があるから」
 大嘘である。ゴールデンウィーク明けに提出しなければならないレポートの資料を探しにここへ来たのは本当だが、書棚がまるで違う。必要なのは自然科学分野の資料で、彼女のために今動かしたのは社会福祉関係の棚だった。
 「そうなの。もしかして名木沢くんもボランティアか介護の講義取ってる?」
 「――えーと、俺じゃなくて、知り合いに頼まれて」
 と、持ってもいないメモを探すふりまでしてしまう。ふうん、と疑いをかけらも持たずに納得したらしい彼女の反応に、安心しつつもいくらかの後ろめたさを感じてしまったのは否めない。
 すでに自分からは注意をそらし、棚を見上げて背表紙の群れに目を走らせる彼女を見つめながら、そういえば彼女の私服姿はこれが初めてかもしれない、と思った。もちろん、小学生の頃を除いての話だが。
 制服の時期を6年も挟むと、私服を着ているのがやけに新鮮に見える。中学と高校はともにブレザーで、真面目さを代表するような雰囲気の彼女には似合っていた。だが堅苦しく見えがちだったのも確かで、自分はさておき他の連中は近づきがたい印象を感じる奴もいるだろうな、と思ったこともある。
 今の彼女が着ているのは、ベージュの無地のカットソーと、ふちにレースの付いた薄手の白いカーディガン、膝丈のデニムのスカート。どちらかといえば地味に違いない取り合わせだが、彼女の穏やかさや清楚さにはよく合っていて、可愛らしいと思う。
 同時に、この場では自分だけがその姿を独り占めしていることに思い至って、つい何度も頭から足先まで視線を往復させる。サイドだけヘアピンで留めた肩下までの髪、細い首と肩、まっすぐに伸びた背筋、ストッキングとかかとの低い靴に包まれた足。
 彼女は中高ともに運動部だったが役目はマネージャーだった。だから鍛えられた筋肉質な足ではなく、膝から足首までのラインはすらりとしている。——あいつとは違って。
 その時ふと脳裏に浮かんだ相手の顔に、思わず苦虫をつぶした。部活からの連想だが、今はあまり思い出したくなかった……彼女と一緒にいる時には特に。そう思った直後、
 「ねえ、そういえば倉田さん元気?」
 彼女の口からその名前が出て、心臓が飛び上がった。あまりにもタイミングが一致していたので心を読まれたのかとバカなことを考えてしまったほどである。