「お話(仮)」
第9話
――共和歴267年 4月20日。
丘の頂上に腰を落とし、少女は一人、まだ冷たい土を掘った。
――この日、北方終戦協定が結ばれ、カリブディス属州としてのエンデュミオン併合が決まった。
戦争が終わった。
おもむろに手を休め、ほつれた髪の毛を耳にかける少女。
同時に、耳元につけていた何かが指先に触れた。
白いスズランの花。土を離れた根なし草。
――祖国という名の根をなくした者達は、皆それぞれ懸命に生きる道を模索していた。
少女は微笑み、最後の十字架のたもとに『GREENEST』を埋めた。
「本当に行っちゃうの?」
桟橋まで見送りに来ていたサラが、クリスとシヴァを引きとめる。
「せめて、明日のお祭りまでいればいいのに。そうよ、そうしましょう?」
「ゴメンなさいね、サラちゃん。そうしたいのは山々なんだけれど、急な用事が出来ちゃって……」
肩をすくめながら、クリスはさりげなく視線を動かし、船着き場全体を見渡した。
すると、それに気付いたシヴァが横から口を挟む。
「来ていないようだな。いいのか? こんな形の別れで」
「構わないわ。またいつでも会えるし、それに、マリアなら大丈夫よ」
頷いてクリスは言った。
(これからの事は、これからゆっくり考えます。時間をかけて、ゆっくりと……)
(そう。そういう考え方はいいと思うわ)
それが早朝、あの丘でマリアと交わした最後の言葉だった。
「ほら二人共、早く来ないと船が出ちゃうよ!」
グレーシャが急かす。その後、クリスはシヴァの手を取り、二人は並んで小型船に飛び乗った。
「ねぇグレーシャちゃん、そろそろ教えて頂戴よ。どうして呪いが解けたのか」
彼女と再会したのは今朝方。心配するクリスに対し、グレーシャは手足を大きく振りながら、
「まぁまぁ、いいじゃないか」
と、今と同じ言葉を返すのだった。
「それよりさ、あたいが渡した招待状、ちゃんと持ってきてるだろうね?」
「もちろんよ」
ちらりと胸ポケットから封筒を出してみせ、クリスはシヴァのいる船尾側へ歩いていった。
「……」
去りゆく背中を見送った後、グレーシャは一言、揺れる波間に囁いた。
「……言う通りにしてやったよ。これでいいのかい?」