俺の名は……
ほどなくして少女は三方から男たちに囲まれてしまった。少女は、声も出ないほど恐ろしかったが、勇気を振り絞って叫んだ。
「だっ、誰か、助けてーっ!」
そのとき、どこからともなくボローンとギターの音がして、
「待ちな」
という声が聞こえた。
3人の男たちと少女が声の主を探すと、そこには、ジーンズに白いシャツ、そして、なぜか、背中に白いフォークギターを背負った若者が居た。
「だ、誰だ、テメェは?」
「名など無い」
「……えっ、お前、名前無いの?」
「珍しいな」
予想外の悪者の反応に、若者はちょっと面食らった。
「……えっ、あっ、いや、……」
「馬鹿野郎! 無神経なことを言うな! この歳で名前が無いなんて、きっと色々苦労しているに違いない」
リーダー格と思われるモヒカンが目にうっすら涙を浮かべ、うんうん頷いている。
「あっ、いや、名前は有るよ……」
「なにぃ?」
リーダーが若者を睨む。
「テメェ、俺を騙したのか?」
「リーダーの情の深さにつけ込もうとしやがったな!」
「なんて奴だ!」
「いや、ちょっと待て。人の話を聞け。つまり、まだ、話の途中で……」
そのとき、若者は、我に返った。
「貴様らのような輩に名乗る名は無いということだ!」
「なにぃ?」
下っぱその1が若者を睨みあげる。
「それじゃあ、やっぱり、名前無いんじゃねえか」
「なに、訳の分からんことを言ってるんだ?」
予想外の反応に、若者は戸惑った。
「いや、だから、名前は有るんだよ。有るんだけど、その、君たちに名乗るのは……、まぁ、もったいないから、教えてやらないよ。って、言ってるんだよ」
「ほぅ」
「つまり、出し惜しみしていると……」
「そうそう」
下っぱその1とその2が、やっと状況を理解しかけたかな? と思ったその矢先。
「馬鹿野郎っ!」
リーダーがいきなり若者に平手打ちを喰らわせた。
「親に貰った大事な名前を、言い渋るとは、どういう了見だ!」
ほっぺたを押さえて、涙目になった若者は、
「いや、言おうと思ってたのは、自分で考えた名前だし……」
「大馬鹿野郎っ!」
今度は、返しのビンタが若者を襲う。
「親に貰った大事な名前を捨てるだとぉ?」
「いや、別に、捨てる訳じゃなくて、秘密の活動用に付けた偽名です」
「あぁん? 訳の分かんねぇ事ばかり言いやがって……。もう、いいっ! 明日、俺たち、仕事で朝早いから、帰るわ」
「えっ、お前ら仕事あるの? 国立大学卒業の俺が無職なのに?」
「んなもん、関係あるかっ! ドカチンだけど、外国人労働者とかとも張り合わなきゃいけねえから、これでも大変なんだぞ。なんなら仕事、紹介してやってもいいぞ」
「だっ、誰がっ! 俺は俺のキャリアに見合った仕事に就くんだ!」
「んなこと言ってるから無職なんだよ。あっ、それとも、夢を追う職業で夢職かな?」
「ひひひっ」とか、モヒカンたちが笑っている。
「うっせえ! テメェらに、4大卒の気持ちが分かるかっ!」
「あーっ、人を見かけで判断しちゃいけないんだぞぅ」
「俺たちだって、4年制大学卒だもんなぁ」
「俺、北半球大学」
「俺、第3惑星大学」
「俺、太陽系大学」
「こんなナリしてるのは、バンドやってるからだよ」
「そのうち、ドカーンっとメジャーデビューだぜ」
「夢は追ってても、無職じゃないけどね」
「ひゃはは」とモヒカンたちは笑い合う。
「じゃーなーっ」
「働けよー」
「引き籠りになるなよー」
口々に勝手なことを言って、モヒカンたちは去って行った。
若者がorzの文字を描くように落ち込んでいると、誰かが、ツンツンとシャツの袖を引っ張った。
「なんか、良く分からないけど、助かりました。ありがとうございました」
少女が言った。
とたんにシャキッと立ちあがった若者は、勢い込んで言った。
「いえいえ、礼には及びません。当然のことをしたまでです。僕の名は……」
「ヒーローって、名も告げずに去っていくのが、カッコイイですよね」
「えっ?」
「ねっ!」
一輪の花が咲いたように、少女はにっこりと笑った。
「えっ、いやっ、そのっ、……。はっはっはっ、その通りですとも。では、お気を付けてお帰り下さい。さらばだーっ!」
若者は、走り出した。途中、さっきのモヒカンの1人とぶつかったが、全速力で駆け抜けて行った。
「おい、あいつ、なんか、泣いてたぞ」
「悪いことしたかな?」
「俺たち、そんなにいじめたっけ?」
(おしまい)