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なべて世界はトライエラー!

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   ――  201  ――
 世界には不思議があふれている。なんて文言はありふれているけれど。
 少なくとも三つ、この世界に不思議は存在する。
 それは皮肉なことに、図らずも手に入った知識だ。知識を得た経緯は長くなるから割愛するけど、知識について復習するのは悪くない。
 世界の不思議。
 それはすなわち、科学以外によってもたらせられる神秘のことだ。
 一つは《異端》。
 一つは【魔術】。
 一つは『幻想』。
 この知識を一方的に与えてきたアイツ曰く、世には不思議中の不思議、[魔法]もあるらしいが残念なことに、ぼくでは全くわからない。
 さて、ぼくが知る三つの神秘は、それぞれ似て非なる特徴を持っている。
 端的に表せば、《異端》は才能であり、【魔術】は技術であり、『幻想』は血筋なのだ。
 それはぼくが長々と説明するより、実際に見た方がいいだろう。
「そう思わないかな、殺夜」
「ハカレズくん、現実逃避は楽しかったかい?」
「逃避してる間は安心できるからね。そういう意味では楽しかったよ」
 会話する僕らの前には、一人の女の子。ぼくが見た限り日本人だが、日本人離れした、いわゆる人形のような風貌だ。
 しかし、その雰囲気は凶悪そのもの。それが原因で、ポニーテールは鉄鎖のようだし犬歯はまさしく牙だ。
「おいおい、お前らボクを無視しているじゃないよ」
「ぼくは無視してるつもりはないんだけどね。ちょっと逃避してたんだよ」
「それはハカレズくん以外からしたら一緒だよ」
「知ってるよ。でも、ニュアンスの違いがわかれば誤解も解けるかな、と」
「ムカついた。お前から殺していい? 嫌でも殺すけど」
 その言動に、ぼくは大仰に肩をすくめてみせる。
 わかりやすい。今まで何十と殺し合いを重ねてきた、凡俗な《異端》となんら変わらない。ただただ人を殺す事に開花した名もなき《異端》。
 故に人を殺すことを本能として持つのだろう。口を開けば一様に『殺す』の一言。
 嘆息。
「やれやれ、久々に同業かと思えばとんだ小物じゃないか。ぼくはこの程度の《異端》に恐れをなしていたのかと思うと後悔ばかりだね」
「お前!」
 怒り心頭に発し、彼女の殺意と殺気がこちらに集中する。ちりちりと、肌が焼けるような感覚。
 冷たい汗が、背中を伝うのがわかった。
 だが。
 それでも、ぼくは言葉を紡ぐ。宣言するように、そして嘲るように。
「どうかしたのかい、人殺しの延長線。殺人の《異端》なんて毎年腐るほど出るんだよ。さすがに最底辺たるぼく以下の《異端》とは言わないけど、小物は小物だよ」
 言葉にならない声ととも、殺人鬼は駆け出す。手には血にまみれ、刃こぼれした包丁。あれで何人もの人を葬ってきたのだろう。
 その前に立ちふさがるのは、皇殺夜。
 戦いを前に爛々と輝く金眼。月光に照らされてなおくすんだ銀髪。口元は愉悦に歪んでいる。
 殺人鬼なんぞより、眼前の魔人に恐怖を覚える。
「ふふふ、私のハカレズくんに手を出そうというなら、君には身体で理解してもらうしかないね?」
「アハハ! お前も殺してやるよ、怪人が!」
 交差。互いに交わしたのは一撃。それはつまり。
「大丈夫かね、殺人鬼ちゃん? 残念だが私に刃物は通用しないよ。ここまで刃こぼれしたものを刃物と呼べるかは別にしてね?」
「ふっざけんな!」
 刺殺がダメなら殴殺。そう考えたのだろう。
 彼女が懐から取り出したのは金槌。ハンマーだ。
 大きく振りかぶり、殺夜の頭を殴り抜いた。
 粉砕音。
 しかし、殺夜の頭は殴られる前からほとんど動いていない。
 ぼくの足下に、何かが飛来した。
「危なっ」
 そこにあったのは、ハンマーの頭だ。
「殺人鬼ちゃん、私に打撃は通じないよ?」
「な、なんだよ、お前!」
 目の前に存在する、存在しえないモノ。それに対し、殺人鬼は根源的な恐怖を感じているに違いない。
「私が何者か、か。……私は陵殺夜。私は《世界災厄(バッドラック)》。そして私はね、決して傷つかないんだ。なにをしてもね?」
 本来なら、殺人鬼である彼女の一撃は文字通りの必殺なのだろう。そういう《異端》であり、才能なのだから。
 しかし、今回は相手が悪い。《世界災厄(バッドラック)》は、決して傷つかないのだ。それは、例え必殺だろうが変わらない。
「なんだよそれは! ボクは殺人鬼だぞ! そのボクが、なんで殺せないんだよ!」
 無駄な攻撃を、半狂乱にし続ける。
「殺人鬼ちゃん、君は間違っているよ。《異端》は人じゃない。《異端者》という別の何かだ。それすら理解していないのに、君が私を殺すことは永劫不可能だよ?」
 ぴたりと、殺人鬼は攻撃を止めた。うつむき、諦めたかのようだ。
「は、アハ、アハハハハハハハハ! だったらさぁ! せめてお前の大好きな、あそこの彼を殺してあげるよ!!」
 一瞬の隙をつき、彼女はぼくの目の前へと躍り出る。
「おい、莫迦そっちは――!」
 殺夜の制止も聞かない。彼女はこちらへ来た。ぼくはなにもできず、眺めていただけ。
 違う。
 ぼくは、逃げなかった。逃避できたのにも関わらず、しなかったのだ。
 それが生んだのは、単純な結果。ぼくと彼女は、近づきすぎた。
 夜に響く大音量。
 もうもうと砂煙が立ちこめ、なにが起こったのかわからない。
「殺夜、無事か?」
 なにはともあれ、まずは声をかける。彼女の《異端》を鑑みれば無事なのはわかるが、それでも不安になるのは感情を持つがゆえんの性だ。
 だがやはり、そんな心配は杞憂に終わる。砂煙の中から、声が届いた。
「無事だよ。私はね。しかし服はダメだね」
 現れたのは襤褸切れをおさえ、扇情的な姿の殺夜。服のあちこちがなにかに引き千切られ、服としての機能を果たせていないようなほどだ。
 そのまま、こちらへと向かってくる。
 ときによっては眼福とも思うだろうが、今はそんな場合でない。ぼくは、最大の懸念を口にする。
「殺人鬼の彼女はどう?」
 ぼくの思いを殺夜はどう読み取ったのかわからないが、彼女は首を横に振る。
「いくら何でも、殺人鬼ちゃんは生きてないだろうね。なにせ廃ビルの倒壊に巻き込まれたんだ。奇跡でも起きない限り不可能だよ?」
「そうか、今回は廃ビルの倒壊か。だいぶ絞ってたつもりなんだけど、思ったより絞れてなかったみたいだね」
 砂埃は少し収まり、被害の様子が見え始める。
 見れば、すぐ横にあった建物がなくなり、その代わりに道路だった場所を瓦礫が埋め尽くしている。アスファルトの舗装は見る影もなく、ほんの数分前の様子が嘘のようだ。
「気に病むことはないよ。彼女は不用意に近づきすぎた。ただそれだけのことだよ?」
「ありがとう、殺夜」
 殺夜の心ない心遣いに感謝する。
「ぼくのことは良いとして、後片付けをどうしようか。爺さんに投げちゃう?」
「うむ。ここまで大規模だと、私たちでは対処できんだろう。道季(ミチキ)翁の手を借りる他あるまいね?」
 言葉とともに、殺夜が歩き出そうとするが、歩かないぼくを見て足を止める。
「ハカレズくん? いくら私でも、この格好のまま道季翁を待つのは勘弁願いたいな。一度帰って、それからでも遅くないはずだよ?」