sweet dream
提出期限が週末までの大学レポートが思いのほか早く書き上げられた。
古典文学は好みなのだが、調べ物の時間をバイトの合間を縫ってうまく取れるかどうかで筆の早さが違ってくる。今回は計画は概ね成功し、期限数日前に提出できた。
今日入ったバーのバイトも特に大きな問題もなく定時通りにあがることができた。ゲイっぽい男が客としてきていたが、なんとかケツを揉まれずに済んだ。
安アパートの一室に帰宅し大体の家事を済ませたあとで、小説を持ってベッドヘッドに凭れかかる。贔屓をしている作家の新刊に目を通しながら、窓から入り込む涼しげな夜風を感じる。どこからか鈴虫の鳴き声も聞こえてくる。
悪くない。
悪くない夜の筈だ。
横になったベッドの隣に、ストーカーまがいの変態が並んで横になってなければ。
「おい。今あからさまにため息ついただろう、ハニィ」
「ため息ぐらいつきたくなる」
読んでいた単行本を苛立ち気に閉じる。
さようなら、江戸時代風景。
さようなら、可愛らしい妖怪たち。
また会えるのを楽しみにしている 切実に。
閉じた本の角で隣にいる金髪美形の頭をぐりぐりと攻撃する。
「悪くない時間を過ごしていたら、インターホンも鳴らさず勝手に部屋の鍵あけて男が一人やってきた。入ってくるなりすっぽんぽんになって、勝手に人の箪笥から俺の部屋着をとりだして着て、ベッドの隣に入りこむ。そんな変態を目撃したら、誰だってため息のひとつやふたつつきたくなる」
「ハニィは押しに弱いみたいだからなー。オレがそんなことされたらブッ飛ばしてブッ刺してブッ殺すよ」
「言っとくけどおまえの話だから。大事なことだから二回いうがおまえの話だから?」
「んー。じゃあ死体がひとつできるわけだ。その処理はどうしようか。人ってタンパク質の塊だから、タンパク質分解液を浴槽に入れて溶かしちゃおうか。それで排水溝にジャバババ」
「人の話をきけ。そしてそういうクレイジーはききたくない、ディジー」
「だからそのあだな、花の名前になっているって。ああ、一回死体ファックをしてみるのもいいかもねー。ほら、死んだら筋肉弛緩するじゃん。だからアソコもユルユル」
青年はディジーの両頬を片手で鷲掴んだ。ディジーを見下ろす冷ややかな視線は「黙れ」と命じている。
しかしそんな冷気が通じない変態はべろりと触れている手を舌で舐めた。
「じゃあ口閉じさせるような、キスをして」
「なんでそうなる。叩き出すぞ」
低い声で脅すが相手に効果がないことは、経験で把握済みだ。
しかしディジーはすぐに反応を返さなかった。
黙り込んだまま視線を外していたディジーは倒れこむように胸元に凭れかかってくる。
「重いぞ」
「しずかに、するから」
細く、小さな声が囁くようにいう。
「このままで」
いつもの様子からは考えられない姿を見下ろす。
蜂蜜色の髪は手で触れると絹のように柔らかく艶やかだ。
唯一文句なしに満点をつけられるお気に入りの髪に指を通し何度も梳かす。
一人暮らしの安アパートに不法侵入を繰り返す年上の中性的な男は、どうやら片思いの真っ最中らしい。しかし片思いだろうと不法侵入は犯罪なので、やっぱり目の前の男はクレイジーだと思う。
そんな男に部屋に入り込まれて、叩き出さずに抱擁を享受する自分も大概だとひっそりと自覚している。
普段口から生まれてきたとしか思えない頭のネジが緩んだ男はあんまり静かだった。
少しの気まぐれを起こし、何か落ち込んでいるらしいディジーの瞼に唇で触れる。
「Sweet dream,crazy」
見開かれた瞳の色は若草色。まるで痛みを感じたように目を細めたディジーは胸元で重なり合う。
「おまえは悪い男だよ、ハニィ」
そんな気もないくせに。
吐かれた毒を受けたハニィと呼ばれた青年は、そうかもしれないと、うとうととまどろみながら思った。
作品名:sweet dream 作家名:ヨル