「神のいたずら」 第二章 就学
病院の浴室は意外に広かった。新しく建て直された別棟にあったからかも知れない。空調が効いているので汗をかいている事はなかったが、体が汚れているような気はしていた。隼人にとっても久しぶりの入浴になった。さっと脱いで、お湯を掛け、ざぶんと湯船に浸かった。少し遅れて由紀恵は頭に手ぬぐいを巻いて入ってきた。
「どうしてタオル巻いているの?」
「だって髪の毛が濡れるでしょう?」
「シャンプーしないの?」
「今はね・・・」
「そう・・・私は洗うから」
「一緒に中に入ってもいい?」
「うん、いいよ。気持ちいいから・・・」
少しからだが触れ合う・・・自分とは違い由紀恵の身体は柔らかく感じた。太ってはいなかったが、それなりにふくよかではあった。肌も白く自分と同じで透き通っていた。よく見ると子供だけど、なかなか綺麗な身体をしていると感じた。きっと目の前に居る母親譲りなんだろう。
「碧、もう直ぐ中学生ね・・・小学校と違って勉強する科目によって先生が代わるから、いい先生に当たるといいね。解らないことがあったらお姉ちゃんに聞くといいわよ」
「全部解るよ・・・心配しないで」
「ええ?どうして・・・誰かに聞いたの?」
「・・・うん、先生からいろいろ教えてもらったから・・・」
「そうだったの・・・早川先生って綺麗な人ね」
「そうだね・・・私もあんなにおっぱい大きくなるのかな?」
「う~ん・・・たくさん牛乳飲んでご飯食べればなれるわよ、きっと」
「ママ、それじゃ・・・デブになるだけだよ」
「ハハハ・・・そうかも知れないね。これから碧の身体にはいろんなことが起こるけど、心配事は何でも相談してね。ママは女としては先輩だから」
「うん、ありがとう・・・なんだか安心出来るようになってきたよ。早く家に行きたい」
「碧・・・良かった・・・あなたが生きてくれていて・・・」
力いっぱい由紀恵は抱きしめた。隼人は本当の母親ではなかったが、きっと自分の母親も同じことをしたであろうと、身につまされた。
「ママこそ身体は大丈夫なのかい?」
「ええ、おかげで何処も痛くないし・・・でも時々事故のことを思い出して・・・怖くなる。家に一人だったりすると怖いなあっては思うよ」
「そうだろうなあ・・・あんな大事故だったんだものね。パパと仲良くするといいよ、もっと、そうすれば怖くなくなるから」
「碧・・・あなた・・・そんな事解かるの?」
「なに?そんな事って?」
「いいのよ、知らなくて。パパに言ってみるから・・・ありがとう、優しくなったね・・・これからもっと大人になって行くのかしら・・・なんだか寂しい気持ちもあるけど、楽しみよ」
「余り期待するなよ。いい子じゃないから、ハハハ・・・」
「うん、ママは碧が元気で明るい子になってくれたらそれだけで十分。事故で多くの人が亡くなってその人達の分も今は生きなきゃって思うから・・・助かった私たちで何か出来るといいんだけど・・・」
「ママ!素晴らしいよその気持ち。感動した・・・今すぐは無理だけど二人で何が出来るか考えよう」
「ええ、そうね。早く元気になってまずは学校に行かないとね」
「そうだね・・・入学の準備はしてあるの?」
「まだよ。家に帰ったら直ぐにしなきゃね。制服のサイズ合わせとか、勉強机も買わないといけないし・・・」
「世話掛けるね・・・家のこと手伝うから遠慮なく言ってよ」
「心配ないよ、あなたは勉強をしっかりとやってくれればママは嬉しいから。新しいお友達とも仲良くして欲しいし」
「友達か・・・彼が出来たりして・・・まだ早いか?」
「まあ!何言ってるの・・・ビックリさせないで、もう・・・」
「ゴメン・・・言ってみただけ」
なんだか自分の本当の母親と話しているような気持ちになって行く。時間が経てば自然に母親と思える様になるのだろうか・・・隼人は裸で向き合っている由紀恵が自分と同じ事故の被害者であることを改めて考えさせられた。碧の魂は天に昇ってしまった。自分が今こうしてこの身体でいる事はそういう事なのだ。そう考えると、この母に絶対に本当のことを知らせてはいけないと強く言い聞かせた。
「ママ、あがろう」
「うん、じゃあ外にバスタオルが置いてあるから、それ使って拭いて」
「先に出るよ」
身体を拭きながら初めて明るい所で自分の全身を鏡で見た。
「これが・・・俺か・・・」
精密検査の結果も異常なく予定通り土曜日に退院する運びとなった。治療をしてくれた医師と看護士たちは碧と由紀恵親子の退院を拍手で送ってくれた。碧は精神科の早川医師と月に一度面会を受ける約束をしてさようならをした。静岡の病院から自宅へ戻り、都内の精神科に早川を尋ねたのは入学を明日に控えた前日の事だった。
母親と一緒に診察室に入った碧は以前に見た印象とは違っていた。
「碧ちゃん、おはようございます。自宅での生活はどう?」
「はい、先生。楽しくやっていますから安心してください」
「そう、良かったわ・・・お母さん、碧ちゃんに変わった事はなかったですか?」
「ええ、とてもよくしてくれるから助かっているの・・・碧じゃないみたい・・・変な言い方ね」
「あんなことがあった後ですから、気を遣ってくれているのでしょうね、きっと。この歳で立派だわ」
「先生、あまりおだてないで下さい・・・そうそう、ママとここへ来る前に話していたんだけど、今度先生を呼んで食事会をやろうって・・・お世話になったし碧の生活も見て欲しいし、ねえいいでしょ?」
「本当?嬉しいわ・・・先生1人暮らしだから・・・ぜひお邪魔したいわ。お母さん、宜しいのですか?」
「是非お待ちしていますわ。碧がメニュー考えて作るって言いますのよ・・・なんかとっても腕が良くて・・・子供とは思えない料理考えてくれますの」
「碧ちゃん・・・とても仲良くしているのね、お母さんと。先生嬉しいわ、あなたが女性らしくなって」
「だって・・・女性だもの。そう決めたんだから・・・そうしないとね。明日から学校なんだ・・・また中学に行くとは考えなかったけど・・・やり直したいこともあるから頑張って通うよ」
「そう、おめでとう・・・忙しくなるわね。毎月ここに来ることも忘れないでよ。お母さん、よろしくお願いしますね」
早川は碧の変化に驚かされた。隼人は本当に女性になってしまうのか・・・変な言い方だが、自分を忘れてゆくことが出来るのであろうかまだ不安な気持ちを隠せなかった。
自宅への戻り道に母親は尋ねた。
「ねえ、先生に言ってたわよね。また中学に行くって・・・何か意味があってのことなの?」
「気にしないで・・・自分の記憶が混乱していただけだから」
「それならいいけど・・・」
校庭の桜が満開になっての入学式だった。由紀恵はこの日が来ることをどれだけ楽しみにしていたか・・・事故の後もう再び目を覚まさないんじゃないのかと考えたりしたこともあったから、今日のこの日はことさらに嬉しかった。
「どうしてタオル巻いているの?」
「だって髪の毛が濡れるでしょう?」
「シャンプーしないの?」
「今はね・・・」
「そう・・・私は洗うから」
「一緒に中に入ってもいい?」
「うん、いいよ。気持ちいいから・・・」
少しからだが触れ合う・・・自分とは違い由紀恵の身体は柔らかく感じた。太ってはいなかったが、それなりにふくよかではあった。肌も白く自分と同じで透き通っていた。よく見ると子供だけど、なかなか綺麗な身体をしていると感じた。きっと目の前に居る母親譲りなんだろう。
「碧、もう直ぐ中学生ね・・・小学校と違って勉強する科目によって先生が代わるから、いい先生に当たるといいね。解らないことがあったらお姉ちゃんに聞くといいわよ」
「全部解るよ・・・心配しないで」
「ええ?どうして・・・誰かに聞いたの?」
「・・・うん、先生からいろいろ教えてもらったから・・・」
「そうだったの・・・早川先生って綺麗な人ね」
「そうだね・・・私もあんなにおっぱい大きくなるのかな?」
「う~ん・・・たくさん牛乳飲んでご飯食べればなれるわよ、きっと」
「ママ、それじゃ・・・デブになるだけだよ」
「ハハハ・・・そうかも知れないね。これから碧の身体にはいろんなことが起こるけど、心配事は何でも相談してね。ママは女としては先輩だから」
「うん、ありがとう・・・なんだか安心出来るようになってきたよ。早く家に行きたい」
「碧・・・良かった・・・あなたが生きてくれていて・・・」
力いっぱい由紀恵は抱きしめた。隼人は本当の母親ではなかったが、きっと自分の母親も同じことをしたであろうと、身につまされた。
「ママこそ身体は大丈夫なのかい?」
「ええ、おかげで何処も痛くないし・・・でも時々事故のことを思い出して・・・怖くなる。家に一人だったりすると怖いなあっては思うよ」
「そうだろうなあ・・・あんな大事故だったんだものね。パパと仲良くするといいよ、もっと、そうすれば怖くなくなるから」
「碧・・・あなた・・・そんな事解かるの?」
「なに?そんな事って?」
「いいのよ、知らなくて。パパに言ってみるから・・・ありがとう、優しくなったね・・・これからもっと大人になって行くのかしら・・・なんだか寂しい気持ちもあるけど、楽しみよ」
「余り期待するなよ。いい子じゃないから、ハハハ・・・」
「うん、ママは碧が元気で明るい子になってくれたらそれだけで十分。事故で多くの人が亡くなってその人達の分も今は生きなきゃって思うから・・・助かった私たちで何か出来るといいんだけど・・・」
「ママ!素晴らしいよその気持ち。感動した・・・今すぐは無理だけど二人で何が出来るか考えよう」
「ええ、そうね。早く元気になってまずは学校に行かないとね」
「そうだね・・・入学の準備はしてあるの?」
「まだよ。家に帰ったら直ぐにしなきゃね。制服のサイズ合わせとか、勉強机も買わないといけないし・・・」
「世話掛けるね・・・家のこと手伝うから遠慮なく言ってよ」
「心配ないよ、あなたは勉強をしっかりとやってくれればママは嬉しいから。新しいお友達とも仲良くして欲しいし」
「友達か・・・彼が出来たりして・・・まだ早いか?」
「まあ!何言ってるの・・・ビックリさせないで、もう・・・」
「ゴメン・・・言ってみただけ」
なんだか自分の本当の母親と話しているような気持ちになって行く。時間が経てば自然に母親と思える様になるのだろうか・・・隼人は裸で向き合っている由紀恵が自分と同じ事故の被害者であることを改めて考えさせられた。碧の魂は天に昇ってしまった。自分が今こうしてこの身体でいる事はそういう事なのだ。そう考えると、この母に絶対に本当のことを知らせてはいけないと強く言い聞かせた。
「ママ、あがろう」
「うん、じゃあ外にバスタオルが置いてあるから、それ使って拭いて」
「先に出るよ」
身体を拭きながら初めて明るい所で自分の全身を鏡で見た。
「これが・・・俺か・・・」
精密検査の結果も異常なく予定通り土曜日に退院する運びとなった。治療をしてくれた医師と看護士たちは碧と由紀恵親子の退院を拍手で送ってくれた。碧は精神科の早川医師と月に一度面会を受ける約束をしてさようならをした。静岡の病院から自宅へ戻り、都内の精神科に早川を尋ねたのは入学を明日に控えた前日の事だった。
母親と一緒に診察室に入った碧は以前に見た印象とは違っていた。
「碧ちゃん、おはようございます。自宅での生活はどう?」
「はい、先生。楽しくやっていますから安心してください」
「そう、良かったわ・・・お母さん、碧ちゃんに変わった事はなかったですか?」
「ええ、とてもよくしてくれるから助かっているの・・・碧じゃないみたい・・・変な言い方ね」
「あんなことがあった後ですから、気を遣ってくれているのでしょうね、きっと。この歳で立派だわ」
「先生、あまりおだてないで下さい・・・そうそう、ママとここへ来る前に話していたんだけど、今度先生を呼んで食事会をやろうって・・・お世話になったし碧の生活も見て欲しいし、ねえいいでしょ?」
「本当?嬉しいわ・・・先生1人暮らしだから・・・ぜひお邪魔したいわ。お母さん、宜しいのですか?」
「是非お待ちしていますわ。碧がメニュー考えて作るって言いますのよ・・・なんかとっても腕が良くて・・・子供とは思えない料理考えてくれますの」
「碧ちゃん・・・とても仲良くしているのね、お母さんと。先生嬉しいわ、あなたが女性らしくなって」
「だって・・・女性だもの。そう決めたんだから・・・そうしないとね。明日から学校なんだ・・・また中学に行くとは考えなかったけど・・・やり直したいこともあるから頑張って通うよ」
「そう、おめでとう・・・忙しくなるわね。毎月ここに来ることも忘れないでよ。お母さん、よろしくお願いしますね」
早川は碧の変化に驚かされた。隼人は本当に女性になってしまうのか・・・変な言い方だが、自分を忘れてゆくことが出来るのであろうかまだ不安な気持ちを隠せなかった。
自宅への戻り道に母親は尋ねた。
「ねえ、先生に言ってたわよね。また中学に行くって・・・何か意味があってのことなの?」
「気にしないで・・・自分の記憶が混乱していただけだから」
「それならいいけど・・・」
校庭の桜が満開になっての入学式だった。由紀恵はこの日が来ることをどれだけ楽しみにしていたか・・・事故の後もう再び目を覚まさないんじゃないのかと考えたりしたこともあったから、今日のこの日はことさらに嬉しかった。
作品名:「神のいたずら」 第二章 就学 作家名:てっしゅう