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番犬男と黒人形

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     ~序章~


 19世紀イギリス、杖をつきながら歩く人々の光景は当たり前のご時世。
 一風風変わりな杖をつきながら歩く恐らく20歳前後のまだ若い青年がいた。
その容姿に似つかぬ杖をつく姿は、街でも少しばかり有名だった。
 青年は灰色のロングコートを軽く風になびかせて、ポケットから紐で巻かれた地図を取り出し、
 現在位置を確かめるようにして目の前のとんがり屋根の建物に入っていった。
 彼の目の前に広がるのは、ほとんどがダイヤで埋め尽くされたような豪華なご老人の住む家だった。
「バトンさん、少し片付けたらどうです?」
 青年が呆れたように言葉を漏らす。
「何を言っておる?ここにある物はほとんどが高価なものばかり、お前さんがいくら努力しても
 買えないほどのな」
 バトンという豪華な衣装に身を包んだ老人は、どうだと言わんばかりに胸を張る。青年は自前の杖で散らばった高価なダイヤたちを丁寧にリビングのわきにどかした。
「そんなに大切だったらもう少し大切に扱いましょう」
 バトンは渋い顔をしながらも、ソファから立ち上がり片付けを始めた。
 ラッツェルの懐から見え隠れする拳銃のグリップを、バトンは気にかけずにいられなかった。
「その物騒な物、頼むからもっと深くしまっておくれ」
「あ、すみません」
 言われるがままに、コートの内ポケットに護身用にと持ち合わせた9ミリ弾のルガー拳銃強く押し込んだ。
「そうだラッツェル、お前さんに会いたいと言う子がさっきまでこの屋敷に来ておったぞ」
「それは珍しいですね、一体誰です?」
「名前も言わずに出て行ってしまったよ。その代わりに玄関にこんな物を置いていきよった」
 バトンがラッツェルに差し出したのは、まるで硬貨な指輪でも入ってそうな、綺麗に角を
 金で装飾された小さな四角い小箱だった。しかし錠前に鍵がかかっていてとても人力では
 開きそうになかった。
「これは何かのいたずらでしょうか、鍵も何も同封されていないようですが・・・」
 不審がりながら小箱の隅々まで探ったが、ラッツェルが見る限り鍵は無いようだった。
「気味が悪いな、捨てておきなさい」
 バトンがひょいと箱を右手で掴みあげると、そのままテーブル横のゴミ箱に放り捨てた。
 
「そういえば、バトンさんは僕に何か用があって呼んだのでは?」
 バトンはハッと何かを思い出したかのように目をパチリと見開いた。
「そうじゃ、フランスに住んでおったお前さんの父が亡くなる前に、ある手紙を預かって
 いてな。時期が来たらお前さんに渡せと言われておったのだよ」
 木製のテーブルの引き出しから取り出したのは、正しくラッツェルの父のサインが書かれた
 黄ばみがかった一枚の封筒だった。
 ラッツェルの父は2年前に事故で他界しており、フランスに建てた父の別荘の権利書が息子で
 ある彼に受け渡されて以来始めての父親からの手紙に驚きを隠せない様子だった。
「ありがとうございますバトンさん。後でゆっくり読んでみることにします」
 淡々とそう告げると、ラッツェルはバトンの家を後にした。古い杖を地面につつきながら
 道路脇に停めていたオンボロ自家用車に乗り込むと、鈍い爆音と共に車を走らせた。
 変わりゆく景色を横目に、空っぽの助手席にぽつりと置かれた先ほどの手紙がチラつく。
 途中の街道で車を停車させ、手紙の中身を確認する。内容は思いの他完結に書かれていた。
『最愛の息子ラッツェル へ、この手紙を読んでいる頃には、私は既にそこにはいないだろう。
 私からバトンに送りつける箱を受け取ってほしい。全てはその箱の中身が教えてくれる。箱は
 同封してあるこの鍵で開けてくれ』
 手紙が入っていた封筒からゴソリと一つの灰色の古びた鍵が落ちる。
「何てことだ・・・」
 ラッツェルは急いで大きくUターンしてバトンの屋敷に戻った。
「バトンさん、さっきの小箱、まだありますか?」
 慌てて玄関に上がりこむ彼をみてバトンは何だか解らないような面持ちで箱を取り出し、
 ラッツェルに渡した。
「これでいいのかい?」
「はい、どうもすみません、何度も・・・」
 申し訳なさそうにラッツェルは軽く二度お辞儀をして玄関を出た。
 天国で父がほくそ笑んでいるような光景を思い浮かべる彼の両手には、鍵と錠前のついた
 小箱がしっかりと握られていた。
「一体何が入っているんだ?」
 鍵を箱の鍵穴に通そうとすると、箱が勢い良く乾いた音をあげて弾け飛んだ。
「うわっ!何なんだ、父さんも子供じみた遊びを考えたものだな」
 すっかり呆れたラッツェルの足元には、弾けてバラバラになった箱の木片の丁度真ん中に、
 何やら小さな人形が、添えるように落ちていた。
 手にとって見ると、案外高級そうな手縫いの淡い肌色ロングドレスが着せられていた。しかしこういった物は基本女の子が遊ぶ玩具として用いられるのだが、父はラッツェルへこれを託したのには何か訳ありのようだった。
 
「僕にこれでどうしろというんだ?もう子供じゃないんだが・・・」
 ぽつりと不服げな言葉を漏らす。
 すると、手中にある人形が一瞬震えたように感じたラッツェルは、心底気味が悪そうに
 人形を車の助手席に放り込み自宅の屋敷に向った。
 向っている途中、時々彼の横目に映る人形がまるで人のように隣に座っているかのように思えた。
 父がかなりの資産家だったため、ラッツェルが住む屋敷はまるで高級ホテルのような仕上がりだった。敷地の入り口門から玄関まで百メートルほどあり、敷地内に入ったからといって
 家に帰ってきた安堵感はほとんど感じられないようだった。
「ただいま、って誰もいないか」
 ようやく玄関に辿り着いたラッツェルは、人形を右手に屋敷の中にあがる。
 広いリビングのテーブルの上に父からの手紙と人形を添えて置く。
 ロングコートを脱ぎ、拳銃は錠前付きのケースに納めた。
 脱力したように肩を一度落とし、キッチンに向かい紅茶を入れる。
 この広々とした屋敷内では、キッチンに行くにも一苦労だった。
 以前までは執事を仕えていたようだが、ラッツェルの父がフランスで事故を起こした時
 以来、金をまかなえきれなくなった為に執事はこの屋敷では仕えるのを止めたのだった。
 ラッツェルに受け継がれた父の財産は腐るほどあったが、父が息子である彼のために託した
 金であったせいか、ラッツェルはそれを従者には使わなかった。
 紅茶を一つ手にしたラッツェルは、リビングへと向った。しかし、どうも何か違和感のような
 ものを感じた彼は、慌ててアールグレイ入りのティーセットをテーブルに置き、ソファの下を
 覗きこむ。
 あの人形が消えていたのだ。
 手紙だけを残して消えた人形を彼は更に不審がり、頭だけをテーブルの下に突っ込んで
 捜し続ける。しかし見つからない。
「全く、父さんは何て物を送りつけてきたんだ」
「失礼な人です」
 聞きなれない声が背後から聞こえてきた。
「誰だっ・・・・・いてっ!」
 ラッツェルは後頭部を勢い良くテーブルの裏にぶつけた。
「いくら捜しても人形はどこにもありませんよ」
作品名:番犬男と黒人形 作家名:みらい.N