とら★ゲー
ユラリユラリと一定のリズムが心地よくて、ついつい眠くなって重たい目蓋を閉じた。
――――どれくらいの時間寝ていたのだろうか。
あるかないか程度の意識を持った時には、周りから一切の音が消えていた。
意識が眠気に攫われようとする中、眠たい目を擦って、私はゆっくりと確かに目を開けた。
「……どこ? ここ……」
そこには、ひたすら真っ暗な闇で覆われた世界があった。
†一枚目『GAME START』†
「何、ここ……何も見えないんだけど……」
吐き気さえ催すような、色の無い世界。
眠気でぼーっとはしているものの、私は少なからず動揺した。
「夢……?」
そんな考えが一番に頭を過ぎり、とりあえず自分の頬をつねってみる。
フニフニという頬の感触と共に、多少の痛みを感じた。……という事は、だ。
よく耳にする「痛かったら夢じゃない」説が真実であるとすれば、ここは夢の世界では無い。
私は困ったと言わんばかりに、一つ溜息を付きながら腕を組んだ。
「電車が停電でもしたのかな……」
そう考えるのが一般的だが、どうも停電とは様子が違う。
そもそもの話、電車が停電したとして……外まで真っ暗は普通に考えて有り得ない。
更に言うなら、停電の状態なのにこの静けさは異常だ。
人の声どころか、電車の揺れる音・擦れる葉っぱの音など、微音さえも聞こえない。
「ほんと、何なのよ……誘拐とか?」
あまりにも理解し難い自分が置かれた状況に、私は多少なりとも苛立ちを感じていた。
正直「誘拐」なんてとんでもない。その可能性だけは、どうにか遠慮したいものだ。
まだ若干ながら睡魔に誘惑されながらも、必死に脳を働かせていた時だ。
『おやおや。誘拐とは人聞きが悪いですねぇ。招待したんですよ、お嬢さん?』
意識がはっきりしない中、鼓膜に若そうな男の声が響いた。
唐突に割って入ったその声に、眠気はすっかり吹き飛んでしまった。
急いで辺りを見回すものの、もちろん真っ暗で何も見えない。
少し危険を察知しながらも、応答以外に選択肢の無い私は、その声に疑問を問いかけた。
「招待って……何よ?」
『招待は招待、ですよ。貴方があるゲームに参加して頂けるように』
思いのほかあっさりと答える男の声に驚くが、すぐに私は不快に眉を寄せる。
意味が理解出来ないその回答に、少し戸惑いながらも、とりあえずもう一度問い掛ける。
「……ゲーム?」
『ええ。ちょっと風変わりなトランプゲームなだけですから、そんなに深く考えて頂かなくて結構ですよ』
いきなりこの状況で「トランプゲームをしましょう」と言われたとして。
「ああ、はい。いいですよ」と言える人間はそうはいない。もちろん、私もその一人だ。
質問しても質問しても、一向に解決しそうに無い会話に、私は頭を悩ませた。
情報を得られそうな人間はこの声の人物しかいないが、本当に得るものがあるかどうかが怪しい。
目を閉じて、とりあえず落ち着いて考えてみるが、面白いくらいに何も思い浮かばない。
――そんな私の心情を察したのか何なのか。男の声がまた鼓膜を震わせる。
『このゲームに勝ったら、貴方を元の場所へ戻しましょう』
まるで何もかもお見通しのような口調が、正直鼻に付いてしょうがない。
「意味分からない事言ってないで、早く帰らせて」……と、本来ならば言ってやりたいところだ。
否。そんな事を言える立場・状況でも無い為、私は不愉快ながらも抵抗の意を表す為に口を開いた。
「嫌だ。……って言ったら?」
『貴方に拒否権はありません』
躊躇の無い返答に、その言葉の真実味がぐっと増す。
私は盛大な溜息を吐きながら、少し長めの自身の茶髪を、くしゃくしゃと乱暴に梳いた。
その私の様子が見えているように笑い声を洩らす男に、再び苛立ちを感じる。
「……何よ」
『いえ、別に。……あ、そうそう。このゲームをただのトランプゲームだと思っていると――』
そこで、男の声が一旦止まった。
その微妙な間に、更に不快な気持ちを煽られていた時だ。
『死んじゃいますよ☆』
先程までの険悪な雰囲気のガラスが、一気に粉々に砕け散る音が聞こえるような気がした。
「……はい?」
『まぁ、僕は貴方がゲームに参加して頂ければ一向に構いませんけど』
「ちょ、さっき何て――」
『あ、ちなみに僕の名前はヴィルヘルムです。素晴らしい名前でしょう?』
「ねぇ待って! 一体何――」
私の話に耳も貸さず、声と共に何かの準備をしているような物音が聞こえる。
マイクなどで私と通信しているのだろうか? そんなどうでもいい疑問を、急いで頭から消し去る。
一人戸惑う私にやっと耳を傾けたのは、物音が鳴り止んでからだった。
『さぁ、ではステージに行きましょうか。このゲームの案内人である僕がしっかり貴方を勝利へとご案内致します』
「いやいやいや! ちょっと待ちなさいよ! ステージとか案内人とか!
私詳しく教えてもらってないけど!? まずトランプで死ぬって何!?」
言い終わった後、私は多大な疲労に見舞われた。
一度にたくさん喋ったせいか、息切れが生じる。真っ暗なせいで、不安感も吐き気も増すばかりだ。
が、言いたい事はほとんど言い切った。
私の叫びにも似た問いかけと抗議に、ヴィルヘルムだと名乗る男は「ああ……」と思い出したように呟いた。
『……そういえば、大して説明してませんでしたね……困りました』
「本当に困ってるのは私だけどね!?」
『そうですね(棒読み)。ところでお嬢さん。初めてするゲームは説明書を読みますか?』
「はぁ!?」
『それとも読まずにプレイする派ですか?』
「別にそれ今関係無」
『僕はですね――――』
私の言葉に被さって発された、1トーン低い男の声。
ゾクリ、と私の背中に悪寒が走ると共に、体中の体温が急激に下がるのを感じた。
相変わらず聞こえるのは声だけで、姿も見えないというのに……
『読まずにプレイする派なんですよ』
そう言った男の表情は、口角を吊り上げて楽しそうに笑んでいるのだろうと……安易に想像できた。