甘いパンと菌
「私が聞いてあげるって。いつも私が聞いてもらってばっかりじゃ悪いじゃん。そうでしょ?」
「そうかな・・・そうかもな。ほな聞いてくれるか。」
「うん。」
何なんだろう。彼がこんなに悩んでいることって。だっていつもあんなに楽しそうに現場に行って、部下も今は沢山いるし、何がそんなに不安なんだろう。
「あんな・・・俺、バイキンマンとしてちゃんとやれてるんかな。」
「え?どういうこと?」
「いやな、俺の役目って、なんか美味しいもんあったら、お前の為に採ってきて、パイかなんか作って、それで皆ハッピーやん?部下も美味しいいうてくれるしな。それはそれでえぇと思うんやけど」
「うん。」
確かに、彼はエンジニアをしていると同時に副業でフルーツピッキングや原料を産地から卸したりしてる。私はそのコネにたまに甘えてしまうのだ。
「こないだは、めちゃでかくて甘いさくらんぼやったやろ?あれ美味しかったよなぁ、あいつがしゃしゃり出てくるまでは。」
はっと気が付いた。彼が何を言おうとしているのか、やっと気付いた。
「せやねん、アソパソマソや。あいつほんまにどうしようもないやつやな。俺がある程度量仕入れなあかんから、機材使てピッキングしとったら、すぐ邪魔しにきよる。あれ誰が連絡してんのか知らんけど、まじで止めて欲しいわ。まぁ、今に始まった事やないねんけどな。」
やっぱりそうだった。今まで散々悩まされてきたライバル業者「蛇夢屋」のアソパソマソだ。
「俺もなんもせぇへんかったわけじゃなくて、色々対策は講じてきたんや。新しい飛行マシンも開発したり、それに付属する対策キットもかなりの種類開発してきたで。まぁ割とハンマーのやつの使用頻度が多いけどな。予算ギリギリで努力はしてると思うねん。」
確かにそうだ。彼は仕事でトラブルがあるたび、研究室に篭る。数日間何のコンタクトも取れなくなる。以前彼の研究室に入った事があるけど、整理も何もされてない工具やパーツが散らばっていて、努力の跡を感じさせた。
「それもな、正直もうしんどい。しんどいねん。」
頭を抱える彼。実際かなり追い詰められていたようだ。
「仕方ない男ね、しっかりしなさい。」
我慢できなくなった私は、立ち上がって彼の前に立つ。彼が顔を上げる。
「あなたね、そうやってべそべそしてれば何か解決するわけ?しないでしょ?あんたがどんだけやってきたか知らないけど、それで結果がでなけりゃまだ努力できる余地があるってことなのよ。一回考え方変えてみなさいよ。いっつも馬鹿みたいに研究室篭って、何作ってきたかと思ったら馬鹿みたいなもんばっかり作ってさ。あんたほんとにしょーもないよ。あんたみたいな馬鹿の相手してるアソパソさんの身にもなってみなさいよ、あっちだって商売なんだから、原料が足りてないのはお互い様っていつも言ってるでしょ、ったくほんとしょうがないね。ほら涙拭きな、全くこれじゃせっかくの週末が台無しだよ。」
(言い過ぎたかな・・・?)
そう思いつつも、
(まぁ本当のことだし、いいよね。)
と勝手に納得する。
自分を納得させている間に、彼は無言で立ち上がり、ベッドルームを出て行った。
(まぁあのくらい言ってやらないと、あの人すぐサボったり美味しいものばっかり食べちゃうからね。)
我がアドバイスに一片の悔い無し。よし、寝よう。