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ゆうかのエッセイ集「みつめて…」

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その人は目を閉じていた。
眠っているのだろうか。
それともその目は永遠に開かれることはないのだろうか……。

シートに掛けたその人の足元に視線が吸い寄せられていく。
足の後ろに隠すように、そしてまた守るように――優しい瞳をうつらうつらさせながら、栗色と白を混ぜた綺麗な毛並みの犬が横たわっている。

最初にその人に気付いた時、彼は立っていた。
両足の間に挟むようにして、その犬を従え――。
少し経って、そこに座っていた人が席を譲ったのか、それとも単に下車駅に着いて降りたからなのか、その人はおもむろにそこへ掛けた。
そして相棒をシートの下に押し込むように入れたのだ。
もちろん相棒は嫌がったりはしない。
軽く尻尾を振りながら従順に従っている。

もちろんそうでなければ、彼は務めを全うできないだろうし、そうでなければその人も連れて歩かないだろう。いや、違うな。
連れて歩かれてるのはその人だと言った方が正しいかも知れない。

大勢の乗客の足に囲まれて、彼はどんな心境なのだろう。
もし言葉が分かるなら聞いてみたいと思ってしまう。
もしかしたら何度も乗り慣れたコースなのだろか……。

それから二駅過ぎた所で、その人は、閉じた目を僅かに開いたようだった。
しかし本当に僅か過ぎて、その瞳に何かが写っているかどうかまでは見極められない。

しかしその人は、迷う風もなくドアの前に立ち、駅に着いた電車が止まってそのドアが開くと、何の躊躇いもなく、また危なげな様子も見せず、相棒を伴ってホームに足を降ろした。

これからどこへ行くのだろうか。
あるいは自宅へ帰る途中なのか……。

もし自分がその人だったなら、果たして電車に乗れるだろうか。
いや、それ以前に家から外に出られるだろうか。
正直なところ、全く自信がない。

世の中には色んな境遇の人がいるが、全く同じ境遇の人はまずいないだろう。
だから誰も皆、その人の本当の気持ちを分かることなどできない。
それでもみんなそれぞれに、自分の与えられた境遇の中で精一杯生きている。

同情は憐れみ。憐れみは驕りに通ずるような気がしてくる。
だから下手な同情などせず、その人が頑張っている姿から励ましをもらい、そして自分が頑張ることがまた、それを見た誰かの励ましになることを信じよう!
同じように待ち望む、明るい未来を見つめながら――。


H23.3.30  電車の中で見かけた光景より