小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ゆうかのエッセイ集「みつめて…」

INDEX|54ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 


今二十歳の春ちゃんを見ていて、よく思うこと。
彼女はとっても潔癖症なのか、周りの大人がいい加減なことをすると許せないらしくって、小さいことでも一々言葉にして、自分より一回りも二回りも上の人に対してでも平気で注意を促すようなことを言う。

時としてそれは、責め言葉のようにも聞こえる。

幸い(?)、私に対してそんな口を聞くことはほとんどないが、他の人に言うのを聞いているだけでも心が痛む。
何もそんな風に言わなくても……と思ってしまう。

でも、よーく考えてみれば、若い頃の私もそうだった。
私には幼い頃から母はいなかったが、代わりに厳格な祖父がいた。

私の祖父は明治生まれで、何かにつけて几帳面で、私や弟に対する躾はとっても厳しかった。何かを使ったら、使った人が必ず、きちんと元あった場所に戻しなさい。と、それはそれは何度もしつこく言われ続けて育った。

そしてそれは片付けに留まらず、一事が万事だった。
その結果、私はそれが当然のことだと思って育ち、そしてそれは我が家だけのことではなく、人として当たり前なのだとも思っていた。

ところが社会に出てみると愕然とする。
何といい加減な人が多いことか……。
包容力のある人なら、そんなことを一々取り沙汰さず大らかに見守っているんだろうが、若かりし頃の私は、まるで自分が正義の使者でもあるかのように注意したりもした。
そう、今の春ちゃんのように……。

二十歳の頃の私は、京都のとある自動車用品の会社に勤めていた。
会社は用品部と部品部があり、用品部は店頭販売、部品部はガソリンスタンドなどへの卸がメインだった。そこでの私の仕事は、店頭販売の店舗での販売事務。

その会社の社長は当時40代半ばだったと思う。奥さんとはいとこ同士での結婚。
従兄弟でも結婚できるという事実を初めて知り、当時かなり驚いた。
その奥さんがある時私を褒めてくれた。

別に大したことをしたわけではなく、単にワックスを棚に陳列する際に、すべての向きを揃えて置いていた。ただそれだけのことだ。
それだけのことなのに、奥さんは大感激したように喜び私を褒めてくれた。
私の几帳面さが表立ったエピソードの一つだ。

店の前には小さな花壇が作ってあって、私が入社した時、朝にはそこに水を蒔くようにと言われ、入社以来欠かさず続けていた。
そんなある日、いつものように水蒔きしている私に社長が言った。

「ゆうかさん、雨の降った翌日はお水はやらなくてもいいからね」
私は一瞬ポカンとした。
「えっ? あ、あぁそうですね……」

誰が考えても分かりそうなものだ。
雨の日の後に、水遣りする必要がないことぐらい。
そんな単純なことすら、気付かない私だった。
言い方を変えれば融通が利かなかったのだ。

その社長はまたある時、私の仕事振りを褒めるのにこんな言葉を使ってくれた。
「ゆうかさんが男なら、私の片腕になって欲しいところなんだがなぁ……」
そして、続けて言った。
「――ただ、今のゆうかさんには、理知が勝ち過ぎているようだから、もう少し情緒が身に付くといいね」と。

たかだか二十歳の当時の私に、片腕などと言う言葉を頂けるなんて身に余る光栄だと感じた。
そして、情緒か……と、考えたりもした。

当時の私は、社長から命じられたわけでもないのに、勝手に一週間の売り上げの統計表を作ってみたり、何曜日が一番暇で、何曜日が一番忙しいか……などの平均をグラフを使って視覚に訴えるものを作って社長に提示したりしていた。

そういう、分析みたいなことが楽しかった。それだけだったんだけど……。
多分社長は、私のそういうところを評価してくれたのだろうと思う。

しかしながら、わずか一年そこで働いた後、田舎の父の要望で、私は会社を辞めて実家へ帰ることになった。

辞める時には、たった一年しか居なかった私のために、わざわざ盛大な送別会を催して下さり、木製のお洒落なデザインの壁掛け時計まで送別の品として下さった。
私はそれがたいそう気に入り、ずいぶん長く使っていたが、いつの頃だったか遂に壊れてしまい、今はもうない。

もう形はない時計だけど、いつまでも、そして今でも私の心の中で時を刻んでいる。
懐かしいあの頃の思い出と共に……。
そして、その頃の苦い思い出とも共に……。

同じ頃の、田舎へ帰ることが決まるほんの少し前のある時、私は気付いた。
親戚の伯父との関係の中で……。
自分より何年、何十年も長い人生を生きている人に注意をするなんて、何て思い上がった行為だったんだろうと……。

そこで私は春ちゃんに、私が若かりし頃の話を聞かせた。
私も春ちゃんと同じように思っていたこと。
そしてその後、私が気付いたことを……。

少しでもその意味を春ちゃんに分かってもらいたくて……。
春ちゃんは「そうだね〜」と頷いた。

そしてその後、思い出したようにあるお婆さんの話を始めた。
それは少し前のある日のこと。

春ちゃんがバスに乗っている時のことだった。

老人用の手押し車を押した一人のお婆さんが、そのバスに乗って来たらしい。
バスに乗る時に、そばにいたおばさんがそのお婆さんの手押し車を車内まで持って上がってくれて、お婆さんはその人に、ニッコリ微笑みながらお礼の言葉を述べた。

ところがバスが動き出すと、その手押し車がお婆さんの手を離れ、コロコロと移動してしまった。
それをたまたま目にした春ちゃんは、咄嗟に手を伸ばしてその手押し車を掴んで、お婆さんの方を見た。

すると信じられないことだが、お婆さんは春ちゃんをジロッと睨んでいたらしい。
まるで泥棒を見るような目で……。
その視線に戸惑いながらも春ちゃんは、
「どうぞ」と声を掛けながらその手押し車を差し出した。

しかしお婆さんはそれを受け取りながらも、尚も春ちゃんを睨んだままで、最後までその口からありがとうの言葉は出なかったらしい。
当然ながら春ちゃんはムカついた。
だから怒りの表情で、その時のことを私にぶつけて来たのだ。
春ちゃんの善意が、そのお婆さんに通じなかったことはとても残念なことだし、春ちゃんが可哀想にも思える。

その前に私が話した、人の性格はそう簡単には変わらないということを踏まえ、春ちゃんはきっと、そのお婆さんの性格の悪さと、それが多分もう変わらないということが言いたかったのだろう。

しかし私は、ここであることを春ちゃんに言いました。


――もしあなただったら、ここで春ちゃんに何を言いますか?
春ちゃんと一緒になって、そのお婆さんの性格の悪さをなじりますか?
そのお婆さんを嘲りますか? ちょっと考えてみて下さい。――


その時私は、こう言ったのです。

「春ちゃん、そのお婆さんは、おばさんにはちゃんとお礼を言ったんだよね? なのにどうして春ちゃんにはそんな態度だったんだろう……?」

春ちゃんは考えているようでした。

「――あのね、もしかしたらそのお婆さん、若い人に何か酷いことをされた経験があるんじゃないかなぁ…。だから春ちゃんの行為を素直に喜べなかったんじゃないかな? だとしたら、そのお婆さんは可哀想な人だよねっ…」
私がそう言うと、
「あっ、そうかも……」