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北方からの来訪者

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「はっ、はっ、はっ……」
 小気味よく僕はアパートの階段を上った。リズムに合わせて吐く息が白くそまって空気に溶けてゆく。古くなった階段は僕が体重をかける度にぎいっと鳴いた。
「うぅ、寒う……」
 鍵を探そうとポケットをまさぐるが指先がかじかんでうまく探り当てられない。その間にも寒風は容赦なく僕の頬を冷やしていく。
「くっそう……これだから冬は嫌いなんだよ!」
 ようやく見つけた鍵を半ば自棄にになりながら穴に乱暴に押し込みながら僕はぼやいた。
「いいもん、だって部屋では彼女が美味しいスープなんかを作って僕を待ってくれて……!」
 がちゃり、と扉が開いた。
 中からは「そんなわけないだろ」と言わんばかりに、ひんやりとした空気が彼女の代わりに僕を迎えてくれた。
「あはははは、ですよねー……」




「今日もお疲れ様、ケン君。はいお茶煎れておいたわよ」
「ありがとう、ユキ。今日も綺麗だよ」
「まあ、ケン君たら、うふふふふ」
「あはははは、愛してるよ、ユ……」
 言いかけてきゅうすを持ってため息をついた。
「やめよう、これ以上エアカップルごっこをやってたら寒さと虚しさで死んでしまうかもしれん」
 湯飲みにお茶を注いで僕はこたつに入った。
「ああ、あったけえ、幸せだあー……」
 大学生になって一人暮らしを始めてもう2年になる。このこたつはバイトでためて買ったものの中で一番高い買い物かもしれない。一回り小さいサイズはもっと安かったのだが、電気屋の店員に彼女が一緒に入れる大きいサイズにしたらどうかと勧められて買ってしまったのだ。
「それがこの有様だよ……。っていうか大学生になったら彼女が自然発生してくれると思ってたんだけどなあ、都市伝説だったんだなあ、あはは……はあ」
 やめよう、これ以上変に考えを巡らすとどんどん深みにはまってしまう。そう思った僕はこたつに突っ伏した。眠気の波はいとも簡単に僕の意識をさらっていった。




 目が覚めたのはうるさいチャイムとノックの音だった。
「うう……」
 寝起きでまだ意識がはっきりしてなかった僕はついドアを開けようとしたが、はっと気付いた。
(こ、これはN○Kの受信料請求なんじゃ!?)
 そう思い当たって僕はこたつの中に再び潜り込んだ。僕の部屋にはテレビがない、しかし友人いわく奴らはテレビがなくてもワンセグで見てるんでしょう?と誘導尋問して、いたいけな貧乏大学生から容赦なく金を奪う冷血非道な連中らしい。
 明かりはついているが、まあ一時間も静かにしていれば諦めてくれるだろう。そう思って僕はノックの音をBGMに再び眠りにつこうと試みた。
「スイマセン、スイマセン!」
「……?」
 その声は女だった、しかもなかなか綺麗な声だ。それになぜか外国人のような訛りがある。さらに気になるのがかなりせっぱ詰まったような感情の声だということ。
(いかん、だまされるな、ケン! これも○HKの陰謀なんだ!)
「アノ、スイマセン、ダレカ……ウウッ!」
 謎の呻き声を最後にぴたりと声とノックの嵐が止んだ。だがしかし僕の心には安心感よりも不安が残る、一体彼女に何が起きたのだろうか。
「ウウ……」
 しばらくして先程の彼女と同じものと思われる声が再び聞こえてきた……
「うう?」
「ウ、ウマレル……」
「う、生まれる……ってええっ!?」
 僕は慌ててドアに走り寄って、
「ちょ、大丈夫ですかっ!?」
 扉を開けた。




 そこには長髪のプラチナブロンドの女性が立っていた。明らかに日本人ではない欧州系の顔立ちだったが、おそらく服装や声からして僕くらいの大学生くらいの年頃なのだろうか。それにしても……
(か、かわいい……)
 ぱっちりとした碧色の眼、紅く染まった頬……。
彼女は一瞬きょとんとした顔をしていたが、僕の姿を見るなり、嬉しそうに聞き慣れない言葉をまくし立てて、最後に、
「ヒッカカッタナ!」
「え……えっ!?」
 彼女は僕を突き飛ばし、ものすごい勢いで僕の部屋へと侵攻していった。




 慌てて彼女の後を追うと、さも自分の家のように僕のこたつで彼女がくつろいでいた。
「コレダ、コレガ欲シカッタンダ! オマエ貧乏ソウニナノニナカナカヤルナ!」
「貧乏は余計だ、バカ。それよりも何者なんなんだよお前! 急に他人の家に入って来やがって!」
「アア、ソウイエバマダ自己紹介ガマダダッタナ」
 そういって彼女は懐から名刺らしきものを取り出した。書かれている字はアルファベットではない。
「これ、ロシア語? 僕全然読めないんだけど」
「ソウダ、私ハ、ロシア人ダ。呼ビ方ハ気軽ニ、サーニャ、デイイ。シカモKGBナノダゾ、ダカラ他人ノ家ニモ入ッテイイノダゾ!」
「え、何そのKGBって、NH○でなくて?」
 するとサーニャは馬鹿にしたような目で僕をみて言った。
「ソンナコトモ知ランノカ。ロシアガ世界ニ誇ル秘密警察ノ名ダゾ!」
「え、でもさあ、秘密警察が簡単に自分の正体明かしたらまずくね?」
「……」
「……」
「ソレニシテモヤッパリコレハ暖カイナ、日本人最高ノ発明ダナ!」
「うおーい、話をそらすなサーニャ!」
 その後も僕サーニャのなんだか噛み合わない話は続いた。強引に押しかけたとはいえ一応客と言えば客なので、お茶とあり合わせのお菓子を出してみた。
「エ、ウォトカハ?」
「出ねえよ、勝手に上がり込んで酒ねだるな!」




「……ということが昨日あったんですけど、何か知りませんか、大家さん」
「ああーね、」
 中年のいかにも世話好きそうなこのボロアパートの大家さんは僕の顔を見てにやりと笑った。
「三日くらい前だったかしら、空き部屋にロシアからの留学生の女の子が入ったのよ。でも彼女、サーニャちゃんはなかば家出状態みたいな感じで日本に来ちゃったらしくてね。それで、暮らしに必要なものなんて全然持って来てなくて困ってるってこの前泣きつかれたから、そういえば上の階にうら若い優しい大学生が住んでますよーって教えてあげたのようー」
「……はあ、そうだったんですか」
 元凶はこの大家さんだったらしい。
「で、ケン君昨日はどんな感じだったの? サーニャちゃんとどこまでいったの?」
「そんな関係になってませんって!」
 芸能人のゴシップのノリで聞いてくる大家さんを振り切って僕は逃げるように階段を上った。




「オオッ、ケン、遅カッタナ!」
「……うん、まあうっすら予想はしてたよ、うん」
 僕の部屋の前には当然のようにサーニャが待機していた。けれど寒空の下待っていてくれていた彼女を追い返すほど、僕は冷酷な性格じゃない。
「で、そのコンビニの袋は何だよ」
「クラスノ友人ガ分けてクレタ酎ハイダ。安心シロ、ケンノ分モアルゾ!」
「いや、そういう問題でなくてだねえ……」
「ソウイエバケン、アノ、昨日ノ暖カイモノハ何トイウ名前ナノダ?日本語ハ覚エニククテ……」
「ああ、あれは……」
作品名:北方からの来訪者 作家名:にょご