表と裏の狭間には 十一話―とある兄と妹―
「突入!」
「では、アークとは上と同じか、それを上回る規模の組織なのですね?」
「ええ。」
僕と白髪の男は、未だに会話を続けていた。
情報開示の許可が下りているから、目一杯時間を稼ぐことが出来る。
「では、次にあなたたちのリーダーが誰なのかを教えていただけませんか?」
「僕たちのリーダーですか………。それにはまず我々の組織系統から説明しなければなりませんが?」
「構いませんよ。時間はたっぷりあります。」
男は、僕と耀、二人を人質に取っていることで自分が優位に立っていると思っているらしい。
時間はたっぷりある?
ハッ。笑わせるな。
アークの情報を開示しているというのに。
そして、その組織の大きさ、隠遁性、何よりパイプの多さについて語ってやったというのに。
どうしてそうも余裕ぶっていられる?
何か、あるのか?
まあいい。
今この瞬間にも、ゆりは突入準備を続けているだろう。
そしてそれが終わり次第、突入してくるはずだ。
「僕らの組織は、全国各地に展開されています。そのため、命令系統をいくつかに分割せざるを得ないのです。」
「ほう、それはつまり?」
「日本の地方区分に基づき、北海道支部、東北支部、関東支部、中部支部、近畿支部、中国支部、四国支部、九州支部に分かれています。そして、それらとは別に本部があります。」
「ほうほう?」
「本部は、特に東京二十三区内を管轄しています。そして、各支部と本部、別々にリーダーが置かれているのです。」
「つまり、計九人のリーダーがいると?」
「ええ。その九人で構成される議会が、アークそのものの方針を決めているのです。」
「なるほど。それで?その本部とやらはどこにあるのですか?」
「ええ。それは――」
直感が告げた。
来る。
それと同時に、ガッシャァアアアアン!と、窓ガラスが全て割られた。
男たちは咄嗟に伏せ、窓のほうへ目を向ける。
だが、それが命取りとなる。
それは、閃光弾(フラッシュ)。
打ち込まれた十の弾丸が、膨大な閃光を撒き散らす。
「ぐあぁああああああっ!」
男たちが目をやられたのと同時に、ゆりたちが突入してきた。
「霞班、頼んだわ!私たちはリリシアの救出を!」
「任せろ!」
僕は手はずどおりに、強襲班と入れ替わりに脱出する。
室内では既に銃撃戦が始まっていた。
だが、聞こえてくる悲鳴は敵のものばかりだ。
すぐに耀をつれたゆりたちが出てきて、俺たちはそのまま建物を出た。
そのまま建物の前に待機していたバンに飛び乗り、現場を後にした。
「耀!耀!大丈夫っすか!?怪我とかしてないっすか!?」
「兄様………。よかった。助けに来てくれたの………。」
「当たり前っすよ!お前も生きてて良かった………!本当に良かったっすよ………!」
輝と耀は、二人でそんなやり取りをしていた。
まあ、無事で何よりだった。
「耀。後で事情聴取することになるだろうけど、大丈夫?」
「大丈夫なの。特に怪我とかもしてないの。」
と、ゆりが確認を取っている時だった。
ゆりの端末が震えた。
「なに?」
『………真に申し上げ難いのですが。』
「何よ。」
『霞班が、全滅しました。』
は…………?
霞班…………あの人たちが、全員、死んだ?
「ハァ!?どういうことよ!?」
ゆりが怒鳴る。
『詳細は不明ですが、霞班と大蔵組の戦闘の最中、部屋が爆発しました。そのまま火災に発展。生存者はいません。未だに炎は治まっていません。消防がこちらに向かっていますが、いかがいたしましょう。』
ゆりは、戸惑いをありありと表に出しながらも、それでも毅然として指示を出す。
「あんたたちは一度撤収して!証拠の回収は上に指示を仰ぐわ。」
『了解。』
火災自体は本当のことなのか、無線の向こうからは炎の音とサイレンの音が聞こえた。
「…………どういうことなのかしら。」
その夜。
いつもの部屋にて。
俺たちは、ゆりを中心に議論していた。
「今回の事件は、そもそもがおかしいのよ。」
「おかしい?何がだ?」
「何故、耀は誘拐された?」
「……それは当然、アークに対する人質になりうるからでしょう。」
礼慈が答えるが、ゆりはそれを一蹴する。
「それがまず変なのよ。あたしたちの情報は、普通なら一切漏れない。
なのに、どうして耀を人質として誘拐できるのかしら?」
その言葉に。
俺たち全員が、ハッとする。
「情報が、断片的とは言え漏れてるのよ。幸いにして情報はあれより外には漏れてないし、その情報も潰したわ。だから結果として問題ないものの、情報が漏れてる事は事実。更に、もう一つおかしなことがあるわ。」
「爆発と、火災のことだね?」
「そうよ。あの爆発は、あたしたちが突入した時に発生したわ。あたしたちはすぐ脱出したから助かったものの、あのまま交戦を続けていた霞班は全滅させられたわ。」
その言葉に、俺はなんとも言えない憂鬱な気持ちになるのだが。
他の連中は本当に人死にに慣れているのか、大して気にした様子もなく話を続ける。
「誰かがあの場を監視していて、タイミングを見計らって仕掛けを起動させたのよ。誰がそんな仕掛けを施したのか?どうやって監視していたのか?今上層部が調べているけど、結果は芳しくないでしょうね。」
部屋に重い空気が流れる。
「まあ、考えても仕方ないわね。今日はこれで解散にするわ。お疲れ様。ゆっくり休んで。」
……皆には言わなかったけど、あたしには気になることがあった。
あたしはあれから今までの間に、ここ数日の間あの事務所を訪れた人間を全てピックアップしてもらい、更にその人物のあらゆる人間関係を調べてもらった。
関東支部の情報部を総動員してまで。
その結果、ここ数日の間、何度も別々の植木業者があの事務所を訪れていた。
恐らく、それが爆弾だろう。
気化爆薬の類だ。
火災もそれが原因だろう。
その植木業者の顧客を全て洗った。
その結果、複数の人間があたしの目に留まった。
複数人の、アークの人間。
それらは全員、ここ最近問題になっている、ある派閥の人間だ。
桜沢美雪。
彼女に賛同する派閥。
だが、桜沢美雪は北海道支部の人間のはずだ。
関東に仲間がいるとは、どういうことか。
確実に、彼女の勢力が広がっている。
彼女は、水面下で何かを行っている。
だけど、それは何?
そして、目的は何?
何をどの程度掌握している?
情報が足りない今はなんとも言えないが。
この分では、情報を漏らしたのも彼女の一派かもしれない。
だが、仮に彼女の一派が犯人だとして、暴力団に中途半端な情報を漏らして、何がしたかったのだろう?
何も、分からない。
これから、何が起こるのだろう?
「ククッ。準備は順調に進んでいる。」
凍てつく大地の、とあるビルの一室。
その女は、闇に閉ざされた部屋の中、一人、呟いていた。
「いいわ。この計画は、必ず成功する。」
呟きは、少しずつ大きくなり。
「クク、あはは、この国に、革命をもたらす!」
やがて、それは哄笑を伴った叫びに変わる。
「お父様が出てくるまで残り一年と半年!それまでに全ての準備を終え、計画を実行に!ふふ、素晴らしいわ!あは、あははははははははは!」
彼女は、ある組織の一団員に過ぎない。
作品名:表と裏の狭間には 十一話―とある兄と妹― 作家名:零崎