ここはどこ?
ここはどこ?
夢を見ていた。車を運転している夢だった。道が狭いので、気が気ではない。ガードレールもないのに、両側が断崖だからだ。高さ数百メートル。その道はまだ登っている。右に左にカーブしている。高所恐怖症の私にとって、その夢は限りなく拷問に近い。
いつの間にか、対向車がやって来るのが見えた。止まらなければ正面衝突する。だが、止まることはできない。後続の車がすぐ後ろまで迫っている。正面衝突する寸前で、眼が覚めた。
びっしょりと汗をかいていた。しかし、悪夢はまだ終わっていなかった。私はタクシーの中で目覚めたのだった。東品川から渋谷へ向かっている筈だったタクシーが、なぜか海岸沿いの道路を走っている。仙岳寺から明治通りを目指すべきだったのに、なぜか倉庫と倉庫の間に海が見えたのだ。これも悪夢のパターンだと思う。
「運転手さん、すいません。ここはどこですか?」
「浜松町の手前ですね」
「ちょっと、止まってください」
車は車線変更して路肩に停止した。
「何か急用ですか?」
「渋谷へ向かってほしいんですよ。だから、方向が……」
このタクシーは、どこへ向かっていたのだろうか。
「じゃあ、浜松町の駅前を通って行きますね」
「東京タワーの下から六本木へ出て行くと、いいでしょうね」
「はい、わかりました」
車は少し走って海岸通りから左折した。午後の陽射しが、満開の桜を輝かせているのが、車窓から見えた。
まもなく私は、そのタクシーが渋谷ではなく、日比谷に向かっていたのかも知れないと思った。
*
次に眼が覚めたとき、また居眠りをしてしまったことを知って私は慌てた。今度は川に沿った道を走っている車の中に居る。勢いよく流れる川とそれに沿って続く道路の両側には、鬱蒼と樹木が茂る山が迫っていた。
「風間ちゃんやっと起きたね。もうすぐ温泉だよ。あの渋滞がなければ、四時までには着いた筈だよ。参ったね」
「……澤田さん。ここはどの辺かな?俺、渋谷に向かってた筈なんだけど……」
自分以外の三人が大爆笑した。
「風間さんったら、またそんな冗談を云って、だめよ。ウケ狙いが見え見えなんだから」
後部座席左側の私の隣には、いつもセクシーな西村祥子が座って居て、そんなことを云った。助手席から身体をひねって私の顔を覗き込んだのは、ちょっとお堅い雰囲気の中村幸恵だ。
「おはよう、隆文さん。昨日はお仕事大変だったみたいね。温泉で疲れをとってね」
「はい、ご心配ありがとう」
そう応えたとき、私はまた夢をみているのではないかと思った。
*
その騒々しさに覚醒させられた私は、そこの暗さから察して既に真夜中かも知れないとも思い掛けたが、まさか夜半過ぎにその騒ぎはないだろうと思い直した。そこは映画館の中だと、私は間もなく気付いた。そうだった。ここは渋谷の映画館の中らしい。
「起きたのね。疲れてるみたいだったから無理かなぁ、とは思ったけど、やっぱり寝ちゃったのね。でも、この映画にして正解だったわ。あなたの鼾は猛獣並みだったもの」
隣の席で映画のために興奮しているらしい女は、どうやら私の伴侶のようである。
アイマックスシアターの3D画面の中では、悪役巨大ロボット対正義の味方らしき、同じく巨大ロボットが、激しい騒音のさ中、超高層ビル群の中で思う存分に常軌を逸した破壊合戦の真最中だった。私には話の筋が判らないので、度々自分のすぐ傍に瓦礫が飛んで来ても退屈この上ない。やがて重苦しい睡魔に再び襲われるのは、時間の問題だった。
*
暗さが更に増している。漆黒の闇だ。私は金縛り状態に陥っている。何とも息苦しい。ここはどこなのだろう。よく考えてみると、私は救急車で搬送されたようだった。そのあと到着した場所は、当然のことながら病院だったろう。現在私の耳に聞こえて来るのは……そうだ。これは僧侶の読経ではないか。泣いている女の声。そして、線香の匂い。ということは、私は棺の中に閉じ込められているのだ。冗談じゃない。私の意識ははっきりしている。しかし、手足は動かないし声も出ない。なんだこの振動と、ごろごろという音は。棺が、私が入っている棺が、間もなく荼毘に付されるということか。金属製の重い扉が閉じられる音が聞こえて静かになった。やがて、ぼっ、とガスに点火されたらしい、大きな音がした。