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サザンクロスの見下ろす町

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 腰を上げた真理絵は、ヴィオラに一つ聞いてみようと思った。知らない人と積極的に話せなくて、しかも相手は外国人というせいもあって、真理絵はいつにもまして自分から話題を持ちかけようとしていなかった。些細なことでいいから、彼女と話をしてみたい。その衝動的な思いが消える前に、真理絵は異国の言葉で意思を紡いだ。
 ――花火、あまり多くないんですね。
 失礼なことかもしれなかった。言ってから、遠まわしに自分の国を誇っているつもりかと思われそうだとも感じた。しかしヴィオラは、いつものはきはきとした声で返事をしてくれた。
 ――そう? 日本は花火を作る人がいるんでしょう。こっちじゃそうもいかないんでしょうね。
 ああ、そうか。新年を祝う花火ならまだしも、そう大きくない町で立派な花火を見られるなんてことがないんだ。
 ――日本ではそんなにたくさん見られるの? 私が見に行ったら、このお祭りの花火じゃ満足できなくなっちゃうかもね。
 話が広がった! 真理絵は嬉しくなって、日本の花火について知り得ることをたくさん教えた。お祭りのおまけではなく、花火のためだけの行事があること。ハート型や、キャラクターを模して作られた花火が増えていることを。
 来てよかった。真理絵はまたそう思った。誰でも知ってたはずの事柄が、当たり前だがここでは未知の事象になる。知識をひけらかすわけでもなく、真理絵はただ伝えることに夢中になった。結局花火の話は車に戻っても続き、家に着く頃やっと終わりを見せた。
 ――マリエ、今日は綺麗に見えてるみたいね。ほら。
 車から降りたヴィオラが、車庫から外に出て空を見上げていた。彼女の隣について振り仰ぐと、ぽつぽつと星が輝く漆黒が広がっていた。その中から、ヴィオラはある一箇所を指差す。
 ――わかる? 右下に一個星がついてるけど、十字架の形をした星があるの。
 近くに大きな星が見えなかったので、真理絵はすぐそれを見つけることができた。十字の頂点を表すように星が四つ、その右下に一回り小さい星がちょこんとついている。
 ――ええ、見えました。
 ――あれが国旗にも描いてある星座なの。小さいけど、綺麗でしょう。
 本当に小さかった。冬のオリオン座や夏の大三角形に比べたら、無視されそうなぐらいに。
 でも、綺麗でもあった。こじんまりとしているから、その分光が凝縮されているような。北斗七星よりもデネブよりも輝かしい。
 真理絵はしばらく何も言わなかった。いや、言えなかった。なんの変化もしないのに、どうしてか星を見続けるのは飽きなかった。その星の並びが、日本に帰ったらもう見られないものだと思うと、余計に目を離したくなくなってしまう。
 たかが星座を見ているだけなのに、この気持ちが湧き上がってくるのはどうしてなんだろう。
 ――わたし、ここに来られてよかったです。
 答えの型にはまっていなかったその台詞に、星明りとわずかな電灯の下、ヴィオラは目を細めてゆっくりと微笑んでくれた。
作品名:サザンクロスの見下ろす町 作家名:透水