二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
みっふー♪
みっふー♪
novelistID. 21864
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ワンルーム☆パラダイス

INDEX|3ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

(1) 203+204 サンドウィッチの憂鬱



アラフォーのおじさんひとり住まいにしてはこざっぱりと片付いた部屋で、先生は勧められた座布団に正座した。膝の上に手を置いて俯かせていた姿勢から、顔を上げてぽつりぽつりと話し始める。
「……今日のお昼、っていうかちょっと過ぎてたんですけど、あの子がサンドウィッチ用意してくれてたんです。それもテーブルの上ズラッ……あ、下の階の木圭くんじゃないですよ、……えと何でしたっけ、そうそう、サンドウィッチがね、テーブルにズラっとね……、――ダメだ……、どうしても木圭くんのドヤ顔が浮かんできてしまうっ……!」
先生は長い髪を振り乱した。
「――先生落ち着いて、」
畳に胡座をかいたグラサンおじさんが、頭を抱える先生に傍から声をかけた。
「……、」
先生はそろりと背筋を戻して深呼吸した、「すみません、取り乱してしまいました、」
罰が悪そうにひとつ咳払いしようとして、よほど動揺していたのか、喉を詰まらせてゲホゲホむせ始める。
「とにかくサンドウィッチがたくさん並べてあったんですね?」
背中をさすっておじさんが言った。――そーです、先生は涙目で頷いた。ようやく咳が収まって先生が話を再開した。
「……それこそオープンサンドからクラブハウスからエビアボカドにくるくるロールサンドにデザートのいちごホイップサンドまで、どれでも好きなのドーゾ☆って、テーブルの脇にはあの子がコーヒーポット抱えてやたらニッコニコしてるし、」
――ふぅ、先生はそこで短い息を吐いた。
「それ見てたら、急にぐったりしちゃったんです」
「そりゃまたどーして?」
おじさんは訊ねた。「テーブルいっぱいのサンドウィッチなんて、それこそ夢みたいな光景じゃないですか、」
――じゅる、おじさんの髭面の口元にだらしなくよだれが垂れた。今でこそこうして安アパートに居を構えているが、ここに流れ着く前は公園の段ボールハウスでその日暮らしが長かったおじさんのこと、食べ物のありがたさは骨身に染みている。
「そこなんですよ、」
おじさんの方に身を乗り出して先生が言った。もっとも、おじさんのノスタルジーとはあまり関係ない部分を問題にしているらしかったが。
「――、」
先生は深いため息をついた。
「……あの子ね、いっしょーけんめいなのはいいんですけど、この頃なんだかふらふら浮ついてるっていうか、半分夢の中に住んでるんじゃないかって、大丈夫だろうかってときどき心配になるんです」
訴える先生の表情は真剣そのものだった。おじさんはしみじみ半纏の腕を組んだ。
「そりゃ仕方ないんじゃないですか、」
おじさんは言った。
「えっ?」
先生が訊ね返した。おじさんは中指と人差し指に渋くグラサンを押さえて声を低めた。
「……や、そりゃあんまり、私の口からぺらぺら説明するようなことでもないんでね」
「……」
先生は諭された子供のように俯いて黙った。おじさんは小さく息を吐いた。
「まーとにかく、それくらい幸せだってことですよ」
髭面を揺らしておじさんが笑った。
「……わかってますけど」
下を向いたまま先生がぽつりと言った。それから、勢い込んで頭を上げて、
「マ夕゛オさんはないんですかっ? 愛が重くて逃げ出したいと思ったことっ」
「……へっ」
――わわ私ですかっ?! 急に矛先を向けられて、慌てふためきながらもおじさんは、――すちゃ! グラサンの位置を直すと先生に答えて言った。
「……そりゃねぇ、私ももういいおじさんですからねぇ、」
――愛に臆病にもなりますよ、自分で言って照れ隠しにか、――はっはっはっはっ! おじさんは妙にはっきりした発音でわざとらしく大声に笑った。
「やっぱりあの、志木寸さんとこの弟さんの?」
憚るように先生が訊ねた。
「――いやご存知でしたか、」
こりゃいよいよまとめてお恥ずかしい、おじさんは笑いながら頭髪がもげんばかり高速で後頭部を掻いた。
「……。」
先生はうっすら愛想笑いを浮かべた、――私が知ってるってことは相当ですよ、思いはしたが何の益になるでなし、敢えて口にはしなかった。
「――だけどねぇ、」
呼吸困難に陥りかけた笑いを収めておじさんは真顔に言った。
「そういう、若さゆえの暴走を逃げず茶化さず疎まずがっしり正面で受け止めてやる、それが我々大人の務めなんじゃないかって、……まっ、この年になってようやく最近気が付いたんですけどね、」
おじさんはまた照れたように指先で頭を掻いた。
「……」
――そうですね、頷きながらも先生は、……あそこの弟くんはともかく、ウチのはそう若くもないんだけどな、
「?」
何やら言いよどむ様子におじさんが首を傾げた。
「――いやね、」
間の悪い空気を打ち消すように先生は言った、「私、どっちも覚えがあるもんですから、」
「はぁ、」
おじさんがぼんやり相づちを打った。先生は続けた。
「自分の若い頃考えるとね、ありゃそーとー暴走してたなぁって、そりゃ叔父上もボロボロのヨレヨレになるはずだって」
先生はエヘヘと頭を傾けて長い髪を揺らした。
「はぁ……」
おじさんは困ったように苦笑いした。
「――ですよね!」
先生はすっかり自己解決で座布団を立ち上がった。
「昔の自分を棚に上げて、いまのあの子の猪突猛進っぷりをグチるのは筋違いってもんですよねっ」
「そっ、そーなんでしょうな、」
勢いに押されるようにおじさんは頷いた。
「――先生っ!」
と、部屋の外から激しくドアを叩く音がした。閉め出されてしばらく廊下で静観していたらしいのが、様子がまた騒がしくなった。
「いい加減出て来て下さいっ! ンなトコでおっさんと、……ふっ、二人っきりで何やってんですかっ」
ドアの外の声は、まるでこの世の終わりみたいな悲痛な叫びを発している。
「……行ってあげた方がいいみたいですよ、」
ただでさえ自分が先生好きのするおじさんというだけで隣の天パから日頃何かとあらぬ不信を買っているのに、本格的なとばっちりを恐れておじさんは怯えた。
「すみませんご迷惑おかけしちゃって、」
先生は小袖の裾を払うと戸口に向かった。ノブに手を掛け、廊下側にゆっくりドアを押す。裏面に張り付いていた決死の形相の天パが、ドアを回り込んで身を乗り出した。
「先生っ!」
すぐにも飛び付きたいのを、戸先を掴んで天パは必死に耐えているようだった。少なくとも、先生の背中越しに状況を窺っていたおじさんにはそう見えた。