怪談「ほいさっさっ」
その最低の最底辺のランクに属する妖怪の中でも、ことさら群を抜いて情けない妖怪と言えば、これからご紹介する妖怪「ほいさっさっ」でございましょう。名前が情けないので他の妖怪たちに馬鹿にされている、というのも事実でございますが、理由は他のところにもございます。
妖怪は、皆、生まれながらにして妖怪であったかというと、必ずしも、そうではございません。元は、猫だったり、狐だったり、そう、人間であったりも、するのでございます。
ありがちな怪談のパターンで、こんなもんをご存知じゃあ、ありませんか?
人間のように見える妖怪が、ある場所に囚われております。それは、目に見える束縛の場合もございますし、見えない場合もございます。そして、近づいた人間を言葉巧みに騙し、その人間を身代わりにして、自分は自由になって、どこかに行ってしまう。残された人間は、新たに自分の身代わりを見つけるまで、その場に妖怪として囚われ続けるのでした。といったようなお話ですな。
妖怪「ほいさっさっ」も、このタイプの妖怪でして……。それで、その入れ替わりの方法というのが、妖怪「ほいさっさっ」と人間が声を合わせて「ほいさっさっ」というだけ。それだけなんですな。これは、騙され易いが騙し易い。妖怪「ほいさっさっ」になってしまった人間は、すぐに身代わりを見つけて、「ほいさっさっ」っと自由になってしまいます。その回転があまりに速いので、格が付かず、他の妖怪たちに軽んじられてしまう、といった具合でございます。
ところが、ある日、ハプニングが起こりましてな。妖怪「ほいさっさっ」が、同時に2人騙してしまったのでございます。妖怪「ほいさっさっ」と吾作と留(とめ)の3人が同時に「ほいさっさっ」というと、吾作も留も、その場から動けなくなってしまいました。妖怪「ほいさっさっ」だった男は入れ替わりの方法だけ2人に教えると、そそくさと立ち去ってしまいました。
「さて、兄貴、どうしましょう」
全く落ち込んでない声で留が尋ねます。
「どうもこうも、人が来るのを待つしかあるめぇ」
吾作が兄貴分の威厳を強調するように言いました。
3日後
「あっ、兄貴、人が来ましたよ」
「よーし、来たか。分かってんだろうな、留。俺が先だぞ」
なんとか騙して、吾作はその男と一緒に、声を合わせて「ほいさっさっ」と言ってみましたが、何も起こりません。2,3人試しても吾作は自由になれませんでした。
「どうやら、俺とお前ともう1人誰か。この3人が同時に言わないと駄目らしいな」
「さすが、兄貴。頭、いいですね」
と、いう訳で、3人同時に言うことにしたんですが……。
「ほいさっさっ」「ほいさっさっ」「さっほいほい」
「ほいさっさっ」「ほいさっさっ」「いほさっさっ」
「ほいさっさっ」「ほいさっさっ」「ささっさほい」
留の奴が、どうしても「ほいさっさっ」と、言えません。
「えーいっ、こうなったら特訓だ」
「いさほっほっ? いほっほさ? いさほいほい? ほさいほほ?」
50年後。
「ほいさっさっ。ほいさっさっ。うん、完璧です。兄貴!」
「何で、こんなことで50年もかからなきゃいけねぇんだ?」
「まあまあ、兄貴。前向きに生きましょう。ほらほら、人が来ましたよ」
まぁ、なんとか騙して、3人同時に、ほいさっさっ、といいました。
「やったー! 動けるぞ!」
「兄貴ーっ! 俺たち自由になったんですね!」
「なっ、なんだ? 動けんぞ! お前ら何をした?」
「心配要らねえ。俺たちが、今やったみたいに、誰かと一緒に『ほいさっさっ』といえば、すぐ自由になれるよ」
「えっ? いほいささっ?」
「違う! ほいさっさっ!」
「さいほっほっ?」
「ほいさっさっ!」
「ほほっほほい?」
「ほいさっさっ!」「ほいさっさっ!」「ほいさっさっ!」
つい興奮して、3人同時に叫んじまいました。
「俺は自己嫌悪で死にそうだ」
「まぁまぁ、そう落ち込まないで……。それより兄貴、いい考えがあるんですけど」
「なんだ?」
「今の技、『ほいさっさっ返し』と名付けましょう」
さらに、20年後。
「だいたい何だってお前も一緒に『ほいさっさっ』って言っちまったんだよ」
「そんな! 兄貴1人を置いて行けませんよ」
「俺1人なら、3日で自由になってたよ!」
さらに、60年後。
「どうも上手く行きませんね」
「自由になったら、俺たちをはめた奴を殺してやる!」
「もう、とっくに天寿を全うしてるんじゃないですか? 130年くらい経ちますもん」
さらに、40年後。
信じられないことに、ついに成功いたしました。
「やったー!! ついに、成功だーっ!!」
「おう、留! 余計なこと、しゃべるな! 逃げるぞ!」
吾作と留は一目散に走り出しました。
「だ、ダメだ。兄貴、もう、走れません」
「ここまで来れば大丈夫だろう。なにせ奴は動けないんだか……ら?」
吾作と留は目を疑いました。目の前に、ついさっき騙した男が、平然と立っているじゃあ、ありませんか。
「な、なんだ? お前、一体、どうやって?」
「な、何者なんだ?」
「俺か? 俺は……」
男が両腕を上げると、それは、スルスルと縮んで、2つの頭になりました。
「俺は妖怪『三つ首』さ」
3つの顔の3つの口が同時に言いました。
「さっきは、よくも騙してくれたね。借りは返させてもらうよ」
3つの顔の3つの口が残忍な笑みを浮かべました。
えっ? その後、吾作と留はどうなったかって? だから、最初に申し上げましたでしょう? 妖怪の世界は弱肉強食だって。
作品名:怪談「ほいさっさっ」 作家名:でんでろ3