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天使と悪魔の修行 後編

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 翌朝のことです。あっくんはナオキにくっついて、あるビルの一室にいました。そこはナオキの職場のようです。
 スーツをびしっと決めているナオキには、会社の女性たちが朗らかに挨拶をしてきます。

「あら、ナオキ。おはよう! 今日も素敵ね」とか、
「ナオキさん、おはようございます。そのネクタイ良く似合ってますよ」とか。

 ――女性にモテるっていうのはどうやら本当のようだ――と、あっくんは納得しました。となると、ナオキが他の女とできてるってことをあのユキって女に見せることができれば簡単なんだけどなあ――そう思ったのです。

 その日の夕方、チャンスが訪れました。
 ナオキが他の女性とどうやら飲みに行くようです。
 その女性は会社の部下でミナミという名前でした。
 あっくんはしっかり二人をマークしてついていきました。

 二人は会社からタクシーに乗って行き、繁華街にある一軒の居酒屋に入りました。
 そこでゆっくりお酒や食事を楽しんだ後、ナオキがミナミに言いました。

「なあ、俺の気持ちは分かってるよな?」
「うん? どんな……?」
「またあ。今日もお預けを食らわせるつもりなのかあ?」
「ふふふっ、そんなに私が欲しいの?」
「当たり前じゃないか! 俺がどれほどミナミに惚れてるか分かってるだろう?」
「さあ、どうかしら? ナオキさんは結構女性に人気あるからなぁ。ふふっ」

 そう言いながらも、ミナミが意味ありげな視線を投げたのをナオキは素早くキャッチしたようです。

「さあ、行こうよ!」
 早速立ち上がり、ミナミを促します。
「もう、せっかちなんだなぁー」
 そう言ってるミナミもすっかりその気になっているのです。

 二人が言葉のピンポンを楽しんでいるのは、あっくんにはすでにお見通しなのです。ナオキは当然遊びでミナミを抱きたいと思っているし、ミナミの方だって決して本気でナオキを愛してるわけではないんです。

 一夜が楽しく過ごせればそれでいい。それが二人に共通の性の捉え方なんです。だから、はっきり言ってあっくんの宿題の対象にはなり得ない。

 しかし、宿題のレポートを提出するには情報収集も必要なのです。ですから、その後二人がホテルに入っても、「またかぁー」と言いながらも、しっかりあっくんもついて入ったのでした。

 二人がホテルで抱き合うのを見ながら、あっくんは「早くこの前のユキに会ってくれないかなあ」と、考えていました。

 宿題の期限はたった二週間しかないのです。その間に二人を別れさせなくてはならないのに、時間はどんどん過ぎてしまいます。ソファに腰掛けて、二人の姿態をにやにや笑いながら見つつも、気持ちだけは焦っていました。

 そして待っていたチャンスは次の日にやってきました。

 次の日の夕方、仕事を終えたナオキが繁華街の一軒の店に入りました。当然あっくんも一緒です。

 そんなに大きな店ではないけど、各テーブルは背の高い仕切りで囲われていて、そこで男性客を女性が接待しています。
 テーブルは全部で五つあり、その中の一つに案内されてナオキが席に着きました。すると間もなくやってきたのが、あの日一緒にホテルに来ていたユキだったのです。

「あっ、ここのホステスだったんだ……」
 あっくんはそう思いました。

「ナオキ、いらっしゃい! 来てくれて嬉しいわ」
 ユキがにこやかに声をかけます。
「うん、ユキに会いたくってさ」
 またしても、ナオキは心にもないことを言っています。
「うふっ、嬉しい。じゃあお酒作るね」

 それからナオキは何杯もの酒を飲み、つまみもあらゆる物を頼んで食べていましたが、夜も更けてくるとそわそわと帰り支度を始めました。

「あ、ごめん! うっかりしてお金を下ろしてくるの忘れてたよ。悪いけどツケといてくれないか?」
「えっ……」ユキが困ったような顔で言葉を失っています。
「じゃあなっ」そう言ってナオキが帰ろうとしました。
「ナオキ、待って! ごめんなさい。この店はツケはできないの、知ってるでしょう?」
「そうかも知れないけど、俺とお前の仲じゃないか。そのくらい融通しろよ!」
「ナオキ……でも……」

 その時あっくんは「チャンスだ!」と思い、すぐさま呪文を唱えました。
「エロエロエッサイムー、イヤイヤイッサイムー」
 この呪文を唱えると人の言葉を操ることができるのです。

「もう! うっとおしい奴だなあ。じゃあもういいよ。俺には他にもミナミっていう可愛い女がいるんだから、お前なんかもうサヨナラだ。子供なんて嫌いだし、そろそろ別れ時だと思ってたとこだしなっ。もう二度と俺の前に顔を出すなよ!」
 ナオキはまくし立てるようにそう言った後で、一瞬「どうして?」というような顔で首を傾げていました。当然ですよね。喋るつもりではない言葉を喋ってしまったんだから。
 しかし、「ま、いいか……」と呟くと、おもむろに財布から一万円札を数枚取り出し、「じゃあこれでいいなっ」と言って、ユキに渡しました。

 本当はちゃーんとお金は持っていたんです。それなのに自分で出すのが惜しかったものだから、ユキに立て替えさせようとしていたのでした。本当に酷い奴です。

「ナオキ、本気で言ってるの?」
 ユキが信じられないものを見るように、蒼白な顔でナオキを見つめています。
「こんなこと冗談で言う訳ないだろ。もう飽き飽きしてたのさっ。じゃあな」
 そう言うと、ナオキはさっさと店を出て行ってしまいました。

 ユキは力なくそのまま床へ座り込んでしまいました。その頬には後から後から涙が流れてきています。信じていた男にこんな風に捨てられるなんて思ってもいなかったのでしょう。
 ――あれほど愛してると言ってくれてたのに……。

 ユキとナオキの付き合いには、きっと以前から気づいていたんでしょうね。ナオキが出て行くと同時に、その店のママがユキのそばへ行きました。

「ママ……ごめん…なさい」
 ユキが泣きながらそう言うと、ママはユキの肩に手を沿えて、そっと奥へと連れて行きました。
「ユキちゃん、あの男なんてその程度のものよ。元気出しな! 本当にユキちゃんを愛してくれる人がきっとその内現れるからさっ、ヤケを起こすんじゃないよ」
 耳元で囁くように優しくそう言って、ユキを励ましながら――。

「よし! うまくいったぞ。これでユキはナオキを嫌いになっただろうし、同時に不幸になったと感じたことだろう。これでレポートを提出できるなっ」
 満足そうにそう呟くと、あっくんはにんまりと笑いました。そして、一応ユキの様子もレポートに書くつもりで、暫らく店に留まり、ユキが仕事を終えるのを待ちました。

 ところがこの時、あっくんは気づいてなかったようだけど、実際には良い行いをしていたのです。ナオキがユキを騙してお金を出させようとしたのを阻止したのですから。

 それを神の国から見ていたヨーフル先生が「くすっ」と笑いました。
 どうやって見ていたのかって? それはね……、それは、あ・と・で……。