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天使と悪魔の修行 後編

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 ようやく先生のお説教が終わると、あっくんは少し気分転換に散歩に出かけました。
 目的もなく空を飛んでいると、ちょうど眼下にナルシスの湖が見えました。 
 そしてそのそばにはまた、いつかのように¥ジェルちゃんが立っています。

「あいつったらまた湖に見入ってるな。あんなにヨーフル先生が何度も忠告してるのに……。ふぅーむ、全く懲りない奴だなあ」

 そう思ったあっくんは、今日こそは注意してやろうと思い、¥ジェルちゃんの そばへすとっと降り立ちました。

「やあ、¥ジェルちゃん!」
 いきなりそう声を掛けたので、¥ジェルちゃんはびっくりして振り向きました。
「もう! 急に、びっくりするじゃない!」
 そう言って両手で胸を押さえると、
「……誰かと思えば、あっくんかあ」
「おいらで悪かったな。だけどお前、またナルシスの湖に見入ってただろう?」
「ええ、そうよ。それが何か?」
「いつもヨーフル先生に言われてること、ちゃんと分かってんのか?」
「ああ、そう言えば……そうそう、この湖をあんまり覗いちゃダメだって言ってたっけ?」
「そうだよ。ちゃんと分かってるんじゃん!」
「でもねえ、ここに映る自分を眺めると、とってもキュートで、どうしても見惚れてしまうのよ。だってほら見て……」
 そう言うと、湖に映る自分を指差して、
「この色白でシワ一つないうるうるとした肌。頬は薄らピンクで、はにかむ少女のように愛らしい。このドレスだって、全く穢れのない純白さ……こんな素敵な、天使の見本みたいな天使ってほかにいる?」
 自分の姿にうっとりしながら、自信に満ちた表情でそう言う¥ジェルちゃん。
「もう! そんなんだからヨーフル先生が心配するんじゃないか。本当の自分をちゃんと見ろよ!」
 そう言うとあっくんは、ポケットから小さな鏡を取り出しました。

 実を言うと、エンゼルは鏡などという物は持っていません。天使として生まれてから、一度たりとも覗いたことすらありません。
 なぜなら、本来鏡という物は、そこに映る自分自身をより美しくするためにある物だから……天使は自分を美しくする必要はないのです。天使は自分以外の他人を美しく輝かせ、そして幸福に導く――それが与えられた使命なのだから。
 そうなると、逆になぜあっくんが鏡を持っているの? という疑問が湧いてきますよねえ。さあ、どうしてだと思います?

 実はね、最初に言ったと思うけど、悪魔が興味あるのは人の上辺ではありません。その表面に隠された見えない部分。
 そう、その人の本音の部分。本心とも言いますが、そこに隠されているものを映し出す鏡を持っているのです。
 悪魔は時に、その鏡を人に見せることによって、その人に自分の本当の気持ちに気付かせるのです。そこで自分の本心に気付いた人はどうなるのか……。

 覚えがありませんか?

「ああ、私はなんてことを考えていたんだろう……」とか、
「こんなことを思う俺って、最低!」とか、感じたことはないですか?

 ――そうです。その時、そう思ったあなたの目の前には悪魔の鏡がかざしてあったのです。もちろんあなたには、そこに鏡があったことすら分からなかったでしょうけどね。ふふふ。

 あ、それともう一つ。
 実は悪魔は鏡を持ってはいますが、絶対に自分ではその鏡を覗いたりはしないんです。
 それは悪魔の世界の中での禁則事項にもなっているんです。 どうしてだか分かりますか?

それはね、悪魔がその鏡を覗いてしまうと、そこに映る自分の本来のおぞましい姿を見てしまい、悪魔でいることがいやになっちゃうからなんです。
 そのせいで、過去には悪魔をやめたいと言いだす者まで出てきて、一時、神の国では大問題に発展したんです。それ以来、鏡は持っても絶対に自分が覗いてはいけない――それが悪魔の掟になったのです。

「ほら見てみろよ!」
 そう言ってあっくんが、鏡を¥ジェルちゃんに向けました。
「……!」
 あまりの驚きとショックに、¥ジェルちゃんは声を飲み込んでしまいました。
 その鏡に写っている¥ジェルちゃんの姿は……。


 ――その姿は、顔はシワだらけ、もちろんうるうるなんてしてないし、頬もどう見てもピンクなどではなく、くすんだ肌色。純白だと思っていたドレスもあちこちに染みができていて、おまけにうっすら黄ばんでいます。もちろん皺くちゃだし――

「ああぁぁ……」
 やがて搾り出すような嗚咽と共に、¥ジェルちゃんが身体を丸め泣き出してしまいました。
 それを見たあっくんは、少しだけ可哀想になりました。
「分かっただろ? これが本当のお前の姿なんだぜ」
「う……ん……」
 泣きながら¥ジェルちゃんが頷きました。そして同時に、あの時ユウキ君がなぜあんなことを言ったのか、やっと理解できたのでした。
 ――おねえちゃんはどうして、そんなにヨレヨレで、かわいくないの?――そう言ったわけが。

 それにしても、どうして今まで気が付かなかったんだろうと思うでしょ?
 それはね、さっきも言ったように天使が鏡を見ないというのも一つの理由なんだけど、もう一つ、仲間の天使がなぜ注意しなかったのか……。
 実は、天使は自分以外のものに対して、相手が悲しむようなことを言ったり、傷付けるような言葉や、侮蔑の言葉を吐いたりしてはいけないんです。だから、¥ジェルちゃんの服装や肌が酷い状態になっているのは分かっていても、それを注意することができないでいたのです。
 だからこそヨーフル先生は、¥ジェルちゃんがナルシスの湖に依存するのを心配していたんです。あの湖に映る自分の姿を本物だと思ってしまうと、本来の自分の姿が見えなくなってしまうから……。

「これからは、もう少し身綺麗にしろよ。そうすればお前だって本当の可愛い天使になれるんだからさ」
 あっくんが何だか照れくさそうに言いました。
「うん、ありがとう。あっくん」
 少しだけ笑顔を取り戻した¥ジェルちゃんが、嬉しそうにそう言いました。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ。もう暗くなってきたし」
「そうだね!」

 二人は仲良く並んで羽根をバタつかせながら、それぞれの家を目指して飛んだのでした。

                   おしまい