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天使と悪魔の修行 後編

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 数時間後に迎えに来たママは、ユウキ君を連れて表に出る前に、携帯でどこかへ電話をしていました。
 数分後、時間を見計らったように外へ出ると、一台のタクシーが待っていました。その運転手は、ママに気付くと急いで車から降りて来ました。

「お電話ありがとうございました。とても嬉しかったですよ。さあ、どうぞ」 
 運転手はにこやかにそう言うと、後部座席のドアを開け、ママとユウキ君を乗せるとまた急いで運転席へと戻りました。

 もうお分かりですね。そうです。先日の夜、親切に部屋まで送ってくれた運転手さんでした。

 ¥ジェルちゃんは思いました。この人ならママとユウキ君を幸せにしてくれるかもしれない――と。
 そこで急遽思い付いて、愛の弓矢を取り出すと、呪文を唱えました。
「ドドスコ ドドスコ ラブ注入☆」

 そしてその矢を、運転手さんのハート目がけて射ぬきました。そうすることで、運転手さんはその後初めて目にした女性をとことん愛するようになるのです。 
 その相手は多分ユウキ君のママになるでしょう。
 しかし敢えてママには矢を射てないので、あとはママの判断に委ねるつもりなんです。

「二人とも幸せにね!」
 そう呟くと¥ジェルちゃんは空を見上げました。
 時はすでに深夜です。あと数時間もすれば神の国からのお迎えが来る時間です。
 ¥ジェルちゃんはそこから一番近くの小高い山まで、羽根を羽ばたかせてゆっくりと飛びました。まだ時間はたっぷりあるから焦ることはないんです。

 飛びながら見る人間界は、まだほとんどの人が寝静まっている夜のしじまの中にあります。そんな中にもようく見ると、人それぞれの人生が息づいているのです。
 次の日の朝がくるのを待ち焦がれてる人もいるでしょうし、中には――明日なんか来なければいい――そんな風に思ってる人もいるかもしれませんね。
 でも、そんな大勢の人々の中のほんのわずかな人数でも、自分の力で幸せにしてあげることができたことの喜びを、¥ジェルちゃんはしみじみと噛み締めながら飛んでいました。

 そして間もなく目指す山にやってきました。
 朝日が昇るよりほんの少し前、朝日と見まがうような眩しい金色の光が、ゆっくりこちらに向かって飛んで来ます。

「あっ、来たかな?」
 ¥ジェルちゃんはもう何度も経験しているにも関わらず、やっぱり胸がドキドキしてくるのです。

 その明るい光は近付くにつれて、それが大きな鳥であることが分かります。
 身体の数倍もある羽根をゆったりと広げ、羽ばたく度に金色の粉が周囲に飛び散ってキラキラと輝いています。暗い夜空に星屑を撒き散らすように……。

「お待ちどうさま」
 その金色の鳥がすとっと¥ジェルちゃんの足元に降り立ちました。
「フェニックスのフェニーちゃん、遠くまでお迎えありがとう!」
 ¥ジェルちゃんが少し照れながらお礼を言いました。
「とんでもない! ¥ジェルちゃんこそ修行の旅ご苦労様。さあ、神の国へ帰りましょう」
 フェニーちゃんが背中に乗るようにと、身体を傾けて促します。
「ええ、そうね。ありがとう。じゃあ帰りましょう」
 そう言うと¥ジェルちゃんはフェニーちゃんの背中に跨り、首に抱きつきました。
「さあ、じゃあ行きますよー」
 そう言うと、フェニーちゃんは一気に上昇し、そのまま一直線に神の国へと向かって飛びました。
 空からはキラキラ輝く星屑のような光が、暗い街々に降り注ぎました。

 そして無事神の国に帰還した¥ジェルちゃんは、ヨーフル先生からお褒めの言葉を戴いたのは言うまでもありません。


 さて同じ頃あっくんは、そろそろ病室を訪れる美人の看護士さんにも飽きてきて、どうやって時間を潰そうかと考えているところでした。

 そんな時ようやく待ちかねたヨーフル先生からの返事が届きました。
「ピロリン パラリン オプリン」
 メッセージの着信音が響きました。と言っても、聴こえるのはあっくんだけなんだけどね。
 さっそく銀色のパレットを取り出して、蓋を開いて見ました。

「あっくんへ  修行の旅ご苦労様でしたね。しかし、今回の宿題は完璧にクリアーとはいかなかったようですね。おまけに、気付いてないかも知れないけど、悪魔がやってはいけないこと――即ち『良いこと』までしてしまって……。先生はどうしたものかと悩みましたよ。でもまあ、ナオキに徹底的に不幸感を植えつけることには成功したようなので、今回は特別に大目にみてあげましょう。
 いつものように迎えを、今晩、真夜中にそちらへ向かわせますので、それに乗って帰っていらっしゃい。   ヨーフル」
「やったー!! これで何とか宿題クリアーだし、神の国にも帰れるぞ!」
 ちょっぴり不安だったあっくんは大喜びです。

 その後、夜中になるのを待って、あっくんはやはり付近の一番高い山へ向かいました。
 背中の羽根をバタバタさせて飛びながら、下界を見下ろして考えています。

「こんなに沢山人がいるのに、不幸せな奴ってどのくらいいるんだろう? あの小さな灯りの元にでも、ささやかながらもその幸せに浸ってる者が大勢いるんだろうなあ。あいつら全員を不幸にするにはどれくらい時間がかかるだろうか……うーーん、おいら一人では到底無理かな? うーーん」

 そんなことを考えながらも、いつしか目的の山に着いていました。

「さあ、そろそろ来るかな?」
 あっくんは西の空を見上げます。
 今日は満月です。お月様は一際大きく黄色い光を放っていました。
 そのお月様を横切るように、黒い稲光のように曲がりくねったものが過ぎりました。

「あっ、来たきた!」
 暗い空の中にありながら、より銀色を帯びた黒い光を放ちつつ、異様な長い物体がその身体をくねくねとねじりながら、遥かな空の上からゆっくりと駆け下りてきました。
「やあドラゴンくん、いつも悪いね! 遠路遥々ご苦労さん」
 あっくんがそう声を掛けると、
「待ちくたびれたかい? 本当はもっとここにいたいんじゃないのかい?」
 そう言うとドラゴンはにやりと笑いました。
「とんでもないよ! ここの世界は悪魔には住みにくい世界さ。だっていい奴が多すぎるんだもの。アハハハ……」
「そうかい? さあ、じゃあ帰ろうか。乗って!」
「うん、頼むよ。神の国まで超特急で――」
 そう言うと、あっくんはホッとしたように、
「じゃあ、レッツゴー!!」と、声を弾ませました。

 その掛け声と共にドラゴンは地を蹴って、思いっきり勢いよく空へと駆け上がりました。
 お空のまん丸お月さんが、そんな二人を見てにっこり笑ったとか、笑わなかったとか……。アハハハ。

 ともかくもこうして、あっくんも無事に神の国に帰還したのでありました。

 まあ、あっくんの場合は神の国に戻ってからも、少しばかりヨーフル先生のお説教が待ってはいましたけどね。うふふ。