見守ります、永遠に
どうか末永く幸せに、あなた方に幸せが降り注ぎますように
「…あなた?」
昔、王子と呼ばれた男が海を眺める。
海は月を映し出し、輝いていた。
「なぁ、王妃…あの子を憶えているかい?」
王子いや王は、王妃に問う。
王妃は頷いた。
美しい金の髪は泡のようで柔らかく、蒼い瞳は澄んだ青空の様に輝き、その微笑みは聖女のように清んでいた女性。
名前は、分からない。
だが、皆は『踊り子』と呼んでいた。
それはその女性の踊りが素晴らしく、輝いていたからだ。
誰もが『天使の舞い』と称賛し、見惚れる程美しい踊り子。
彼女は、王子に見つけられた際海辺にいた。
王子が彼女に問いかけても、彼女は口がきけず困り果てていた。
そこで、王子が城へと引き取り彼女の世話をしていたのだ。
城の者たちは、彼女の振る舞いに口をそろえて話す。
「さぞや、ご身分のお高い令嬢であろう」
彼女は、踊りに勉強にと素晴らしく精通していた。
そして文字を覚え、王子たちに紙で用件を伝える様になったのだ。
王妃は、彼女の微笑みを忘れない。
右も左も分からぬ自分に『大丈夫』と励ましの言葉を与えてくれた女性を。
王子を助けただけの幸運な村娘の自分に彼女は、微笑んだ。
『ようこそ、いらっしゃいました』『気分でも?』『大丈夫、誰も怖くない』
紙に綴られた何気ない言葉は、優しく温かいものだった。
以来、王妃は彼女に懐いたのだ。
姉の様な、母の様な彼女に。
「王妃よ、王子が言うのだ…人魚姫が実在すると」
「人魚がですか?」
王が頷く。
王妃は、ベッドに腰掛ける。
二人の間に生まれた王子は、物語が好きで13になっても妖精や人魚や龍がいると信じている。
純粋で優しく無邪気な子だ。
「あの子は、夢を持っているだけですよ?…夢は、持っていなくては…」
王妃が優しく微笑む。
「違う、あの子の言葉を否定するのではない…」
王が首を横に振る。
王妃が問いかける。
「では、なんなのですか?」
「思うのだ…踊り子は、人魚ではなかったのか?と」
「え…?」
王妃は、目を見開く。
「…何故かな…王子の言葉が…真実に聞こえるのだ…」
「踊り子さんが…そうなら、何故喋らなかったのでしょうか?…」
「分からない…だが、踊り子は死んだ…その時、声を聞いた」
『どうか、末永く幸せに…あなた方に幸せが降り注ぎますように…』
「あの声は、優しくまるで踊り子の声だと、信じて疑わなかった…優しい声だった」
「……踊り子さん……」
王妃は、思い出す。
踊り子と王妃は、知り合って以来いつも手紙を交換していた。
そして、結婚式前夜の手紙には、一文こう書かれていた。
『末永く幸せに…あなた方に幸せが降り注ぎますように』
それが最後の手紙だった。
そして、結婚式当日踊り子と騎士が消えた。
騎士は王の親友であり、王の結婚に喜ぶ半面、寂しそうに微笑んでいたと言われていた。
二人は大切な友人を一度に失い、悲しんだのだった。
王子がその日興奮気味に王と王妃に話しかけた。
「父上!母上!!あのね、空気の精霊さんが、ね!!今日来てくれるって!!!」
「?」
王と王妃が顔を見合わせる。
城の使用人たちも驚く。
「王子、落ち着いてください」
「妖精さん!言ったでしょう?僕のお父様とお母様は綺麗だって!!」
その時、一陣の風が玉座の間に吹いた。
そして、そこに居たのは一組の男女。
その姿に王と王妃は、息をのむ。
いや、周りの者もそうだ。
一人は姿を消した騎士。
琥珀の目が細められ、金の髪が日の光を受け輝いている。
その笑みは、儚い。
「お久しいですね、王子殿下……いや、陛下」
そして女の方は、優雅に会釈をする。
美しい金の髪は泡のようで柔らかく、蒼い瞳は澄んだ青空の様に輝き、その微笑みは聖女のように清んでいた。
そう、踊り子だ。
「王様、御妃様…お久しぶりです」
その声は、水晶のように澄み渡り、美しかった。
「踊り子…」
「踊り子さん…?」
「はい、踊り子です」
踊り子が頷く。
そして踊り子は、全てを話した。
『自分が王子に惚れていた事以外』は、全て。
騎士は、踊り子の話を巧妙にフォローする。
まるでそれが常の様に。
一通り話し終えると王子が満足そうに笑う。
「ご褒美頂戴!!」
「ええ、お渡ししましょう…私の小さな王様」
騎士が王子の高さにまで屈むとペンダントを取り出す。
オーシャンブルーの宝石が輝くそれは、金の鎖で支えられていた。
騎士は、王子にそのペンダントをつけ微笑む。
踊り子も微笑む。
「それは…」
王が問う。
「大丈夫です…それは、お守り」
踊り子が微笑む。
「お守り?」
王妃が聞き返す。
「はい、王子は好奇心旺盛です…闇の精霊が来ないように、ある程度の力があるペンダントです」
騎士が説明する。
王子は、両親に笑いかける。
騎士と踊り子が微笑む。
「そろそろ」
「もう、そんな時間?」
騎士が頷く。
「そう…、もう少し話がしたかったわ…残念」
王と王妃は理由がわかり、悲しげに二人を見る。
「大丈夫」
「私たちは、二人を…いえ、三人を見守ります…」
騎士と踊り子は、微笑んだ。
昔の様に。
王子は、空に手を振る。
王と王妃は、空を見上げた。
風が吹いた。
三人を包むかのように。
終幕