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盲想少女 ガラシャさん

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その1 ガラシャさん大丈夫?

7月も10日を過ぎ、あと少しで夏休みである。
生徒たちが40日もの休み間、自分も同じように休めると思って選んだ職業が、実はそんなに甘いものではなかったと今更気付いたとて、もう後戻りはできない。
企業に就職するのに教育学部が不利なのは、最初から分かっていた。
やれ理系やら経済学部にしろだの、親にさんざん言われたのを一切無視した結果なので、もう頑張るしかないだろう。
頭の中でそんな事を考えながら、久恵は出欠簿を脇に抱え自分が担任を受け持つ2年3組の教室へと向かっている。
その久恵の後をカルガモの雛のように一人の少女が付いて歩いている。
渡り廊下を真っ直ぐ進むと体育館だが、そこを右に曲がって階段を上る。
そして2階の一番奥が2年3組の教室だ。
「それじゃいいわね。 まず、先生が紹介するから、そしたら自己紹介してね」
久恵は教室の入口で立ち止まり、振り返って少女に念を押した。
「は・い・・」
この転校生は会った時からボ~っとしていたので、もう一度確認しておいた方が良いと思ったのだ。
転校生は、いじめの対象になり易いと聞いた事がある。
自分のクラスには、そんな子はいないと思うが、転校生の第一印象が大切なのは、自身の経験からも分かっている。
久恵も父親の仕事の都合で、小学1年生と中学2年の時に転校した事がある。
小学生の時は1年生でもあり何の問題も無かったが、中学2年の時は多感な時期でもあり、いじめられないか毎日ビクビクしたものだ。

少女は小さく返事をしたが、久恵の顔を見ていない。
ふぅ~
久恵は小さく溜息を吐くと、教室の入口の引き戸をガラリと開けた。

久恵に続きカルガモの雛も教室に入る。
直ぐにヒソヒソと転校生の印象を囁きあう声が聞こえてくる。

久恵は音がするように出席簿を一度教卓にトンッとついてから、チョークで転校生の名前を黒板に大きく書いた。

「今日から、うちのクラスに転入する事になった、 細川・・・ さんです」
クラス全員の目が、転校生一点に集中する。
・・・
ワンテンポ遅れて、少女が口を小さく開いた。
「はじめまして。 あたし・・ 細川 garatia ・・と言います」



その2 女子の中で生きるには

「はじめまして。 あたし・・ 細川 garatia ・・と言います」

細川ガラシャ 明智光秀の娘で細川忠興の妻・・・とは全く関係が無い。
父親の姓が細川だっただけの勢いで、娘に付けた名前である。
もしも命名時に、二本足で立てていたら、速攻で蹴りを入れていただろう。

ガラシャと言う名前が、どうやら普通でないと気が付いたのは、小学2年生の頃だったと思う。
小学生の低学年児童にガラシャが美しいお姫様だったなどと言う知識は全く無く、付いたあだ名は「ガラガラヘビ」とか「ラッシャー」とか、かわいく無いものばかりだった。
でも、今では顔やスタイルは、けっして名前に負けてはいない・・と自分では思っている。
現に今だってクラスの男の子たちの目は、あたしの顔とスタイルに釘付けだ。
そして、この美貌が女子の中で生きて行くのに微妙なバランスになる事も知っている。
(1)美少女+性格が良い △
(2)美少女+性格がキツイ △
(3)美少女+性格が悪い ×2
(4)美少女+頭が悪い ◎
(5)美少女+頭が良い ×2
(6)美少女+貧乳 ○
(7)美少女+豊乳 ×
(8)美少女+色白 △
(9)美少女+スタイルが良い ×2
(10)美少女+スタイルが悪い ○
○や△の数が多ければ美少女とて女子の中では過ごし易い。


ちなみに(6)と(7)は、あえて触れないことにするが、あたしは(3)、(5)、(8)、(9)がヒットする。
つまり女子の中では生きにくい。
そこで普段のあたしは、少しだけ小芝居(カモフラージュ)をする事にしている。
そぉ、つまり少し反応を鈍くしてみせている。 他人から見たらボォ~っとして見えるように。
ついでにアホ毛も最低1本は立てるようにしているのだ。

ああ、兎角この世は住みにくい。
そう言えば「兎角」と同じ意味で「亀毛」と言う言葉があるのも知っている。
どちらもあり得ないという事の例えだ。
ちなみにこれは(5)に当てはまる。

「細川さん、自己紹介はそれだけなの? 部活とか趣味とかは?」
久恵先生にフォローされるが、ボォ~っと見つめ返す。
3秒、5秒・・・
「ほ、細川さんの席は、廊下側の一番後ろです。 それじゃ席についてね」
『ひさちゃん、ごめん』
さて、ひとまず、これでよし! あたしは心の中でニヤリと笑った。



その3 蕎麦野郎!!

きぃ~ん こぉ~ん かぁ~ん こぉ~ん
どこの学校でもチャイムの音はこんなんだなぁ・・・
マイケルの曲なら素敵なのに・・と思っていると案の定、あたし(転校生)に興味のある子たちが、ワラワラとよって来た。

「ねぇ、ガラシャって素敵な名前だね」
『おまっ、本当はそう思ってねぇだろっ!』

「もしかしてご先祖は、やっぱり大名の細川家なの?」
『こ、こいつは歴女か? ってか戦国大名にイケメンなんかいねえよ!』

「うわぁ、きれいな髪ねぇ」
『やめろっ。 触るなっ!』

心の中の叫びとは裏腹に顔は反応の鈍さを装い、ワンテンポ遅れてあたりを見まわす。

「ねぇ、どっから転校して来たの?」
「きょ、京都。 前は京都に住んでた」
「えーっ。 それじゃ、やっぱりお姫様?」

あんまり反応しないと、それはそれでハブられるので、当たり障りのない事には返事をするが。
『ぶわぁ~かっ じゃねぇの。 京都に住んでるヤツはみんな貴族か? 大名なのか?』

「ううん。 うちの親はサラリーマンだよ」

「ふ~ん。 でも細川さんって、京都弁じゃないのね?」
『今時、地方のJKだって、初めての人と話すときは標準語を使うんです! 国内バイリンガルどすえ』

「でも京都の人って感じぃ おっとりしてるよね~」
『おいっ! 京都の人に謝れよっ。 それって京都人への偏見やろっ!』

「あのぉ、ちょっとトイレへ・・・」
あたしは、誰も引き止められない理由で、この局面を乗り切ることにした。
1時間目は数学。 東京でも有数の進学校の授業は、やはり難しいだろうな。
編入試験の時は、難問続出に嫌な汗をかいたし・・
ある意味、ここの学校では前述の(5)が(4)になる可能性もあるってことか。
ならば、かなり住みやすくはなるかも知れない。

HRが早く終わったので1時間目の授業開始まで、まだ少し時間があるのだが、トイレが長い=○ンコと思われるのも嫌なので、適当な時間で自席に戻る。
また質問攻めに合うと思ったが、みんな静かに教科書を見ているので、ほっとした。
しばらくして、数学の先生(更科)が教室に入ってきた。
「それじゃ、今日は約束通り小テストを行う。 早く教科書をしまえ~!」
『なっ・・ こ、この蕎麦野郎っ!! あたしは、そんな約束してないぞーーー!! それにみんな酷いよ。 小テストなんて一言も教えてくれなかったしーーー!』
1時間目は、あたしの心の叫び声だけが、虚しく教室の中にいつまでも響き続けたのだった。



その4 岩清水さん
作品名:盲想少女 ガラシャさん 作家名:a-isi