その猫は果たして笑うだろうか
ああそうさ、そうだよ、ただの好奇心だったさ、悪いかよ。
なんて、誰も聞かないのに、誰に対してかの言い訳をしてみた。もしかしたらそれは自分に対してだったのかもしれないが、言い訳はどんどんと溢れてくる。意識してなければ、口に出してしまいそうですらあった。
「……あなたは、優しいね?」
「なんで疑問にするんだよ。優しいだろ、どこをどうみたって」
ふふ、と足元からそよ風のような笑い声が聞こえた。嘲笑の色はなく、本当に心底面白がっている声色だった。
「別に、あれくらい、私にだって出来たさ」
柔らかな声のまま、不貞腐れた色も混ぜずあいつは呟く。無理だろ。無理ムリ。無理、の言葉を何回も心中で繰り返して、外界へは一度だけ吐き出した。
「ひどいなあ。
こう見えても、力はあるんだよ?生徒会は力仕事だってあるんだ。」
「結構ぼろぼろなくせに、よくもまあ、そんな台詞が吐けるもんだ」
俺がさっき見た限り、顔だけでも数箇所アザがあった気がする。口の端も切れていたっけ。白磁とうすピンクに赤が異様に映えていたのを覚えている。
「……で?警察は本当に呼ばなくていいんだな?」
「要らないよ。今回は私が悪いからね。
今度から、ネットで出会った人には写真を送ってもらうことにしよう」
よいさ、と何だかお間抜けな掛け声で、我らが生徒会長様が立ち上がる。裏路地にも差し込む毒々しいネオンが彼を照らし付けた。ああ、ほんとに整ってんなこいつ。
「それから、えっと、壬生(みぶ)くんだったかな?申し訳ないのだけど、今日のことは内緒にしてほしい」
体に付いたのだろう埃や何やらをぱんぱんと払いながら、あいつは言う。その所作ですらいやに美しく見えた。
まあそうだろうな。そりゃあ、うちの学校が誇る才色兼備な生徒会長様で、尚且つ、世界有数の櫟(あららぎ)グループの息子さんが、ネオン街でどこの誰とも知らない輩とラブホ行こうとしてた、なんてバラされたくないよな。
別にいいぜ、と答えようとして、あいつが口を開く。
「バラしたかったらそれはそれで構わないのだけれど」
「誰がんな面倒なことするかっつの。別にバラさねえよ」
「本当?ありがとう、壬生くん!」
あいつが俺の手を取る。男とは思えないほど、滑らかな手だった。
ちなみに、何で俺の名前を知っているのかは知らない。生徒会長は全生徒の名前を覚えるのも仕事なのだろうか。
「さて、あなたの時間もとらせてしまったみたいだ。ごめん。」
「……別にいいさ、毎日ヒマだしよ」
じゃあ私はこっちだから。と、櫟が先に行く。
俺は反対方向だから、踵を返したその時、先に行ったはずの櫟の声が耳元で響いた。
「あなたなら、」
咄嗟に後ろを振り向くが、櫟の姿は遠く。
その言葉の意味を、俺はまだ知らなかった。
作品名:その猫は果たして笑うだろうか 作家名:加華