キジと少年
翌朝は、雪がしんしんと降る寒い日だったけど、勇人の心は晴れやかだった。
約束の時間に、昨日の斉藤が男性を一人連れてワゴン車でやってきた。
その男性が勇人の荷物を後ろの荷台に積み込んでくれた。と言っても大して荷物があるわけではない。着替えと学校での教材が入ったボストンバッグが三つほど。それだけだった。
「他にはないかい?」
その男性が勇人に聞いた。
「うん」
勇人は声にして返事をした。
それを耳にした芳恵が、目を真ん丸くして勇人を見つめている。
「さあ、じゃあご挨拶して行きましょうか」
斉藤が勇人の背にそっと手を添えて促した。
「はい」
勇人は斉藤の目を見て返事をすると、見送りに出ていた芳恵と陣伍と省吾に向かって一礼し、はっきりとした声で言った。
「おじさん、おばさん、そしてしょうごにいちゃん。いままでおせわになりました。ありがとうございました」
「お、おまえ、一体いつからしゃべれるようになったんだい?」
芳恵が上ずった声を上げた。陣伍も目を丸くしてびっくりしている。
「うん。ちょっとまえ。とうちゃんとかあちゃんをころしたハンニンがみつかったひ」
「そうだったのか……」
芳恵と陣伍の二人は、勇人がしゃべれないから、何をしても自分たちがしたことが他人に知られることはないだろうと高を括っていたので、そうではなかったということを知って愕然とした。そして、勇人が誰かにしゃべったから今回の事態になったのか、と納得した。
迎えのワゴン車に乗って少し走ったところで、斉藤が勇人に言葉をかけた。
「勇人くん、今まで大変だったね。これから行く施設は、ある教会が運営している施設だからとても健全だし、シスターたちはみんな親切で優しいから、きっとこれからは楽しい毎日が過ごせると思うわよ。それもこれも、勇人くんの担任の先生と刑事さんのお陰ね」
「せんせいと、けいじさんの?」
「そうよ。私の所に最初に来られたのは先生だったけど、その先生の所に刑事さんが訪ねて行って、勇人くんの状況を話して相談していかれたらしいの。そのすぐ後に、先生も直接勇人くんから事情を聞いて、急いで私の所に相談にみえたのよ。本当に良い先生や刑事さんに出会えて良かったわね!」
「はい!」
久しぶりに勇人は、心からにっこりと笑った。
その時だった。車の中の勇人の耳に、その音が響き渡ったのは……。
「ケーン ケェーーーン……」
――勇人、幸せになるんやでー 負けるんやないでえー とうちゃんもかあちゃんも、いつだってお前のそばにおるんやからなあ――
その声と同時に、山々に鉄砲の音がバアーーン! と響いた。
そして、振り絞るようにもう一度、その音が響いた。
「ケーン ケェーーーン……」
悲しみを引きずるように長く尾を引いて、そしてその音が次第に遠くなる。
――勇人、泣くんやないでえー。勇人は男なんやからなぁ――
「とうちゃん。もうとうちゃんは……」
あのキジが鉄砲で撃たれたことを勇人は悟った。
しかし、勇人はぐっと、涙が零れそうになるのを堪えた。
「とうちゃん、ぼく、つよくなるから。つよい男になるから。もうないたりはせんから……」
風に吹き飛ばされながら、空に白いまだら模様を描いて雪が舞う中、ワゴン車は滑らないようにゆっくりと進んでいった。勇人の将来を暗示するように――。