とびらごし
俺の好きなやつは、その死んだやつと好き合っていて、周囲からもてはやされても笑って流し、キスを急かされてもち
ょっと顔を赤くするくらいのバカップルで。
俺はそれが気に喰わなくて、本当に心底面白くなかった。だから、死んじゃえとまで思ってた。
そうしたら、本当に死んだ。
通学路に車が突っ込んで、何人もの生徒を撥ねた。そいつだけは電柱と車に挟まれて、体がぺちゃんこになった。
そこに居合わせていたあいつは、泣くどころか声を出すこともできなくて、中身のない人形みたいに、ただそこに突っ
立っていた。隣にいた俺も、似た感じだった。それぞれ、思うところは違うけど。
好きな人であり好きでいてくれる人が、血を吐いて、体をくの字にさせて、死んだ光景を目の当たりにしたそいつと。
好きな人の好きな人が死んで、これでチャンスができたって、ほんのり期待する馬鹿な俺と。
本当、最低だ。
哀しいには哀しい。嫌いだったけど、クラスメイトだし、そいつの話をするあいつはすごく楽しそうだったから。
だけどさ、本当に、最低なことなんだけど、これは、絶好のチャンスだと今でも思っている。
叶わない恋だけど、叶ってほしい恋だから。
俺は勝手な奴だから。
そいつが死んでからのあいつは、よく泣いた。
先生の前でもクラスメイトの前でも、親の前でも泣かないそいつ。
俺の前でも泣かないそいつ。
だけど、いつも大休みや昼休みの時には、必ずトイレにこもって泣いている。
誰も寄りつかない、ほこりくさくて汚いトイレで、こそこそと、ぐすぐすと。
真面目だから人前で泣き顔を出せないんだろう。だから独りで泣いている。死んだやつの名前を呼びながら。
なんで俺の名前じゃないんだよ。死んだやつも他の誰も、お前が泣いていることを知らないのに。俺だけはそのことを
知っているのに。
なんで。なんで。なんで。なんで。
ほこりくさくて汚いトイレに入ると、個室がひとつだけ使用中だった。その奥から、すすり泣くあいつの声が聞こえる。
やっぱり、いた。
「また泣いてんの?」
泣き声がぴたりと止まる。
「……まこと?」
鼻を詰まらせたまま、震えが止まらないまま、名前を呼ばれた。「うん」そうとだけ答えて、あいつがいる個室に寄り
かかる。
「こんな所で、ひとりで泣くなよ。ひとりで泣くとさ、なかなか止まらないんだぞ」
「……うん」
「俺が一緒にいてやるからさ。だから、存分に泣けよ」
「…………うん」
「あ。なんならさ、俺が胸なり背中なり貸してやるけど」
「……うん、ありがとう」
「……あのさ」
「うん?」
「次の授業。さぼっちゃう?」
「駄目だよ、それは。授業には出なきゃ」
「じゃあさ」
「うん?」
「放課後にさ、適当な公園にでも行ってさ。思い切り泣こうぜ」
「……うん」
「いっぱい泣いた方がすっきりするし」
「……その方が、供養になるしね」
「くよー?」
「死んだあの子のためになる」
「いいんだよ、そんなの。お前が笑えるようになれば、それでいいんだ」
「……ありがとう」
震えた声で、お礼を言って。震えたまま、また泣き出した。
何回も、あいつの名を呼んで。さっきより抑え目だけど、さっきよりはっきりと。
俺が来たことで気持ちの整理がついたなら――、役に立てたならそれは嬉しいけど。やっぱり嫉妬する。
分かってるさ、死んだやつには永遠に勝てないって。
だけど、俺は、こいつが好きだから。敵わなくても、届かなくても、ずっと好きのままだから。
だからって。
(俺にしておけよ)
なーんて、言えるわけないけどね。