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村はずれの墓

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『村はずれの墓』

 どこにもあるような村である。たんぼがあり、畑がある。かつては交通の要衝として栄えたが、今ではすたれ、人口わずか数千人の村となってしまった。
村の外れの川辺に小さな墓がある。今は訪れる人はなく、季節の花がその霊を慰めるかのように咲いている。
いつの頃だったろう。中学を卒業する前後ではなかったか。叔母と一緒に歩いたとき、その墓の話を聞いた。遠い昔の話である。

 ――村に若い娘がいた。明るい月の夜のことである。蛍が気まぐれに行き交っていた。そのせいでまるで昼間のように明るかった。月明かりに導かれたわけではないが、娘は若い男と偶然出会った。運命としか言いようがなかった。互いに、一目ぼれをして、見えない糸に結ばれたようなものを感じたのである。二人は互いに名乗ることなく別れた。しかし、娘は男のことを知っていた。男はたまたま村に訪れた旅人である。
 雨の降る日の昼下がり、女は男を訪ねた。男は仕方なしに娘を部屋に招き入れた。雨はさらに激しく降っていた。突然の雷、空が一瞬光り、それに驚いた娘は、男に身を寄せてしまう。偶然とはいえ、あまりのはしたなさに娘は顔を赤らめ、そして、離れた。……雨はいっこうに止みそうもない。やがて、暇をもてあそばした二人はどちらともなく体を寄せる。それが悲劇の始まりであった。いつしか二人は結ばれた。
 娘には婚約者がいた。親が決めてしまった避けられぬ運命であった。縁談は彼女の継母が進めていた。心が通わぬ継母に何を言っても無駄であった。娘の父親は若い継母に惚れ込んでいて、娘の言い分に少しも聞く耳を持とうしなかった 娘は孤独だった。
 男には分かっていた。女が何かを隠していることを。しかし、そのことは触れることはなく、娘と逢引を重ね、時間は夢のように過ぎていく。
深い関係になって一週間が過ぎた。娘は「私が死んでも、それでも愛してくれる」と男の胸の中で囁いた。男はうなずいた。娘のひたむきな心に驚いたものの、素直にそれを受け入れた。沈黙が続いた。沈黙は二人に心地よいものだった。沈黙を破ったのは、気まぐれな風であった。また、前と変わらぬように戯れた。
 夕暮れが迫った。
 娘は浮かぬ顔をした。そして今にも泣きだしそうな顔をして、
「ねえ、私をどこかに連れていって」
「どこへ?」
「どこでもいいの?」
男は娘が甘えて戯言を言っているに過ぎないと思っていなかった。
「今日はもう遅い、早く帰らないと両親が心配する」と男は優しく囁いた。
「嫌なの」と娘はとうとう泣き出した。
 しかし、男は娘を家の近くまで送り、振り向いた娘に手を振って別れを告げた。
 その日、娘のようが変なので、継母が女中に跡をつけるように命じた。女中は正直に逢引をしていることを継母に報告した。
 継母は父親に娘が親の目を盗んでわけの分からぬ旅人と会っていることを告げ口した。父親は烈火の如く怒り娘を怒鳴り、その後で、逡巡と縁談がもはや後戻りできないことを諭した。
 しかし、娘は涙ながらも、「愛していない人のところを嫁ぎとうはありません」と訴えた。
「馬鹿者!」と怒鳴り娘を土蔵の中に押し込めた。
「結婚しないなら一生、この土蔵に押し込めておく」と言い残した。
 父の気性の激しさを知っていた娘は悲観に暮れ、挙句の果てに自殺してしまった。
 その翌日、娘は来なかった。その次の日も来なかった。男は変に思いながらも、自分に近づいてきたのも気まぐれで、離れていったのも気まぐれと勝手に思い込み、村を離れた。
 やがて、男に縁談が持ち込まれる。それは気の進まぬ話であったが、相手の家がよかったので結婚することにした。その日の夜、男の夢枕に雨に濡れた女の幽霊が現れた。それは村で逢瀬を重ねた娘だった。
「わたしが死んでも、ずっと愛してくれると言ったのに」と女は恨めしそうに言った。男はびっくりして喚いた。
 数年後、再び、村を訪ねたとき、娘の話を聞いた。娘の継母は家の墓に入れず、その骨を川に捨てたという。それを聞いてかわいそうと思った男は、娘の墓を建ててやった。――
 叔母はまだ二十代で綺麗だった。決して感情を表に出すタイプではなかった。物静かで、微笑を絶やさない人だった。だが、今、思えば、それは表の顔でしかなかった。裏にどんな顔があったのか。
当時、叔母は恋に悩んでいた。許されぬ恋だった。親が決めた婚約者がいたにも関わらず、別の男と恋に落ちていたのである。
「恋に命をかけるなんて馬鹿げた話と思うでしょ。でも、人生は一度しかないんだから、自分の思うどおりに生きるのが一番なのよ。そう思わない?」と叔母は言った。
数週間後、叔母は村から消えた。噂では、恋人と駆け落ちしたという。それから一度も村に戻って来ない。今では、どこでどんな暮らしをしているのかさえ分からない。ただ村のはずれの墓を通るとき、過日の叔母を思い出さずにはいられない。

作品名:村はずれの墓 作家名:楡井英夫