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最後の逆転劇

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最後の逆転劇
 鯨井将太は電話が来るのを今か今かと待っていた。
 遅い。時刻は日付をまたいだところだ。予定の時間からもう1時間以上たっている。
 鯨井は自室に引きこもってからもう何本目になるか分からないタバコを灰皿に押しつけた。外からは雨が窓をたたく音が聞こえていた。
 まさか、失敗したなんてことは……。
 不安が脳裏をかすめ、背筋が凍る。相手はあの男だ。可能性がないわけではない。
 不安を抑えつけるために、新しいタバコに火をつけ、心を落ち着かせる。
 失敗は許されない。俺はできるだけのことはやった。この俺が失敗するわけがない。
 そう自分に言い聞かせながら、鯨井は男のことを思い出していた。
 
 男、真壁幸一は、鯨井の幼なじみだった。家が近く、歳も同じだった二人は昔からよく近所を走り回っていた。鯨井も真壁も力が強く、背も大きかったので、二人はいつの間にか近所の子供たちのガキ大将となっていた。
 周りの人間たちとの遊びとなれば、二人は負けたことがなかった。鬼ごっこの鬼となれば二人から逃げられる者はいなかったし、逆に逃げる側に回れば、誰も二人を捕まえることができなかった。
 そんな二人はスポーツでも負けることはなかった。二人は小学校の時、近所のバスケットボールのスポーツ少年団に入団し、優秀な成績を収め、5年生と6年生の時には、チームを全国大会出場に導いた。
 何をやらせても優秀な成績を収める二人は勉強でも優秀な成績を収めた。二人は小学校を入学してから卒業するまで、一度もテストで満点以外を取ったことはなかったし、通信簿でも「非常に優秀」以外の評価を貰ったことはなかった。いつしか二人は、神童と呼ばれるようになっていた。
 中学校に入ってからも、二人はその非凡さを陰らせることはなかった。成績は常に共に満点で、部活動でも総体では3年連続で全国大会に出場。教師は卒業式の時、どちらを首席生徒とすればいいのか分からず、結局二人に答辞をやらせた。この話は今でも地元で語り継がれている。
 二人は全国各地から来たスポーツ推薦を蹴り、県内一の難関校に進んだ。
 県内一の難関校といっても、二人より優秀な人間はいなかった。しかし、テストで出される問題は、今まで通り簡単に満点を取らせる程易しいものではなくなった。初めてのテストの時、鯨井は一問だけ答えを間違えた。結果は二位。一位は全問正解した真壁だった。そしてそこから、鯨井にとっての苦痛の三年間が始まった。
 真壁は高校に入ってからも常にテストで一位を取り続け、鯨井はいつもその次、二位だった。それは部活動でも、何でも一緒だった。
 いつも一緒にいるのに、何故勝てないのか。いつしか鯨井はそんなことを考えるようになっていた。
どんなことだって、鯨井と真壁の差はあと一歩のところで鯨井が負けていた。圧倒的な差があればあきらめることができたのに、ほんの少しの差だからこそあきらめきれず、それが鯨井を苦しませた。
 真壁と鯨井は二年生の時に生徒会長に立候補し互いに争ったが、その時の軍配も真壁に上がった。文化祭での人気投票でも真壁が一位で、鯨井は二位。彼女ができたのも真壁が先だった。結局、高校三年間で鯨井が真壁に勝てたことと言ったら二位を取った回数位だった。
 大学に進学する際、二人は別々の大学に進むことになった。二人は政治家を目指し、志望している学科も同じだった。しかし、鯨井が真壁を避け、他の大学に進むことにした。
 別の大学に進んだことは、鯨井にとって正解だった。大学にいる間、鯨井はまさに幸せな時間を過ごした。自分よりも上にいる者がいなくなり、何をやっても評価は最優秀。高校まで続けていたバスケットボールはやめたが、その分の時間を将来のためのコネクション作りに費やした。そして何もかもうまくことを収めて、鯨井は首席で大学を出ることになった。
 卒業後、鯨井はかねてから志望していた政治の道に進むことにした。将来は一国を担う人間になると心に決め、選挙に出馬するための下準備に取り掛かった。そして全ての準備を終え、地元での立候補を決めた時、最悪なニュースを聞くことになった。
 真壁が、同じ選挙区で立候補したのだ。
 真壁は、鯨井が大学に行きながらやっていたこととほぼ同じことをやっていた。しかも、コネクションにおいては、鯨井とは比べ物にならないほど大きなものを作り上げていた。
 国政においては第一党で、地元からの支持も厚い政党からのお墨付きをもらった真壁と、無所属で出馬する鯨井。二人の勝敗はすでに決まっているようなものだった。
 なぜこんなにもこの男は俺の邪魔をするのだ。
 怒りに我を忘れた鯨井は、とある人物へと連絡をとるために、電話のボタンをプッシュした。
 
 気がつくと、電話が鳴っていた。鯨井は慌ててタバコを灰皿に押しつけると、受話器を取った。
 「もしもし!」
 いつもなら絶対に出さないような、上ずった声が出た。
 「鯨井将太さんですね?」
 「あぁ、そうだ私だ」
 受話器から聞こえてくる声は、以前鯨井が一度だけ電話した時に聞いたものと、同じだった。
 来た! 鯨井は心臓がとび跳ねそうになった。
 「……結果は?」
 心とは裏腹に、努めて冷静な声で聞く。
 どうなんだ? 成功したのか? 早く、早く聞かせてくれ!
 「お喜びください。大成功です」
 成功? 大成功? その言葉を聞いた瞬間、今まで鯨井にのしかかっていた緊張は一気に吹っ飛んだ。
 やったぞ、これで、邪魔者はもういない。
 「確実に、証拠もなく仕留めたんだろうな」
 「ご安心ください、完璧です。今日の朝にはニュースで報道されるでしょう」
 だんだんと解放された喜びが込み上げてきた。
 鯨井は、部屋の窓のところまで行き外の様子を眺めた。いつの間にか雨は止んでおり、綺麗な月が、空に浮かんでいた。
 良い夜だ。神様も最後には俺に味方してくれた。俺は最後の最後に、あいつに勝てたんだ。
 「分かった、ありがとう。成功した分の報酬は指定された講座に振り込むようにしておこう」
 「いえ、その必要はありません」
 契約通り、追加報酬の話をすると断られた。
「何? どういうことだ?」
 「いえ、もう報酬は頂いておりますので」
 「なんだと、誰からだ」
 「それは……」
 相手が、次の言葉を発しようとした直前、鯨井の部屋の扉が急に開いた。
 何事だ。鯨井がそう思った瞬間。衝撃が鯨井の全身を襲った。
 「真壁さまです」
 倒れる鯨井の耳元と扉の方から電話の相手……真壁の暗殺を依頼したはずの殺し屋の声が聞こえた。
 まかべさま? まかべ……なんで、あいつか?
 強制的に真っ黒になっていく視界の中で、鯨井が考えていると。また、耳元と扉の方から声が聞こえた。
 「依頼主から伝言を預かっています。『また君に勝てて良かったよ』だそうです」
 暗闇に落ちていく錯覚にとらわれ、もう何を考えているのかも分からない鯨井だったが、
相手の言葉を聞いた瞬間。全てを理解した。
 また、勝てなかったか……。
 
次の日、鯨井の死が、ニュースで報道された。そして、同じ選挙区で立候補している真壁幸一が鯨井の死について、取材を受けていた。
作品名:最後の逆転劇 作家名:Φ太