待たせてゴメンね♪
数日後の朝、いつものように学校に行くと、クラスの雰囲気がどことなく違う。
三人ずつのグループがいくつもできていて、おまけにみんながヒソヒソと何か話している。
「何なんだ〜?」
そう思いながら、すぐそばのクラスメイトの一人に声を掛けた。「よう、どうした? 何かあったのかぁ?」
「大変なんだよ! お多恵さんが駆け落ちしたらしいんだよ!」
「はぁ〜? 駆け落ちぃ〜?」
僕は素っ頓狂な声をあげてしまい、一瞬みんなの冷たい視線に刺された。
(チクチク、チクチク……)
ポリポリ頭を掻きながら、僕は話しを戻した。「一体どうして駆け落ちになっちゃうんだよー」
そいつの情報によると、お多恵さんが付き合っていたのは僕たちよりもぐっと年上の社会人男性で、当然ながら二人は愛し合っていて、(文字通り身も心も)その結果お多恵さんは妊娠。仕方なく親に相談したら、中絶するように言われたらしい。
そこでお多恵さん達は強硬手段の駆け落ちに走った――と、こういうことらしい。
うーん、確かにお多恵さんはクラスでも女ボスのような立場で、体格もいいし、少し低めのドスの効いた声は、いつもみんなをリードし、纏めていた。
少し大人びたところはあったが………。
――でもあのお多恵さんが?
僕はそれでも信じられない気がした。だって彼女から色気なんて感じたことないんだから……。
その彼女に彼氏がいて、おまけに妊娠? 有り得ない!
だが『事実は小説よりも奇なり』だ。
ほどなくお多恵さんが退学したという噂が全校に〔ちょっとオーバーだけど〕流れた。
「そうだっ!」
ハッと気付いた。気付くのが遅すぎるくらいだ。あの時僕は、僕の赤ちゃんの種『精子』を京子の身体の中へドバーっと……。
「ああ、どうしよう……もし万が一……」
僕は、早急に京子と話をしなくては――そう考えた。
ところが、今日に限って京子の姿を見掛けない。お昼休みにチラッとだけ京子の姿を見掛けたが、周りにはいつもの仲良し連中が一緒だったから、さすがの僕もそんな状況で京子に声は掛けられない。休憩時間の度に隣のクラスの様子を伺った。
「ああ、ダメだ……どうしよう……」
そうこうする内に、遂には放課後になった。
仕方なく、僕は校門の外で京子が来るのをじっと待つことにした。
「じゃあ、また明日ねっ!」
京子の声がしたので、僕はさっと京子の方を向くと素早く手招きをした。
僕の合図に気付いた京子は、すうーっと僕のそばに寄って来ると、にっこり笑った。
「どうかしたの?」
「ちょっと。ちょっと、えっと〜あのね、この前のことなんだけど……」
「ん?」
僕は誰も見ていないのを確かめつつも、京子の耳に口を寄せた。
「この前Hした時さぁ、僕、中で出しちゃったんだ。大丈夫かなぁ?」
囁くような声で言う僕に、京子は笑って答えた。
「ああ、何だそのことか……ふふっ、はっきりとは分らないけど、多分大丈夫だと思うよ。心配?」
「だってもし、赤ちゃんができたらどうすんだよぉー」
僕は俯いて続けた。
「――僕、考えたんだよ。お多恵さんのこともあったから……」
「ああ、私も聞いたわ。可哀想よねぇ」
僕たちは、いつもの公園に向かって歩きながら話していた。
公園に着いてベンチに腰掛けると、真面目な口調で僕は続けた。
「考えたんだけどさぁ、この前みたいにまたなった時、また僕が京子の中で出したらいけないと思うんだなあ。だって僕たちはまだ高校生だし、もし万が一にでも京子が妊娠でもしたら、僕にはどうしてあげることもできないんだよ」
「そうよねぇ〜」
「だからねっ、その時は僕を止めて欲しいんだ。どう?」
「僕は本当に京子が好きなんだ。だから京子を傷付けたくないし、大切にしたいんだよ」
「うん」
ただ頷く京子。
「僕の言うこと、間違ってないよね」
京子の顔を見ると、なぜか遠くを見ている。
「本当のこと言うと、私も不安だったの……」
京子が視線を足元に落とした。
「――私も、少しだけ『もし』って考えた。不安にもなった。……だから、そう言ってくれて本当に嬉しいよ!」
そう言う京子の瞳は、涙で溢れそうに潤んでいた。遠くを見ていたのは、涙が零れないようにしていたのか……と、その時気付いた。
そして僕たちは約束をした。本当にお互いを大切に思うからこそ、これからは気を付けようと。――だからって僕がその後、京子を抱かなかったわけではない。京子の身体は、一旦性に目覚めてしまった僕にとっては、麻薬のような物だったのだから。その代わり、その時にはきちんと避妊をした。コンドームって物を恥ずかしかったけど、薬局で買った。それが男としての当然の義務だと思ったから。まだ世間的にはガキの僕だけど、なぜかそう思っていた。京子をお多恵さんみたいにはしたくなかった。
「僕が高校を卒業して、きちんと働いて、京子を幸せにできるようになったらその時は……」
と、まだ子供だった僕は考えていたし、そんな自分を――やっぱり僕は京子に惚れてるんだ――と、自分で可笑しくなった。
僕たちの関係は、主に休みの日に二人でどこかへ遊びに行ったり、お互いの部屋を行ったり来たりして過ごした。当然、お互いの親にも紹介した。
幸い両親たちはどちらも、自分たちの子供の相手を気に入ってくれて、僕たちの交際は順調に進んでいった。時々、どちらかの部屋で一緒に過ごしている時、そっとキスしたり抱き合ったりした。でも誰もいない時って そうそう都合よくはないのだった。
――あの日は本当にラッキーだったんだなぁ――