待たせてゴメンね♪
葉子が落としていった彼女からの手紙を拾い、俺は、自分がしたことの深さを考えた。もし、彼女が田舎で他の男と……なんてことがあったら、俺はどう思うだろう。
俺は許せるだろうか? それなのに、俺は彼女を裏切ってしまった。それも軽い気持ちで……。そして、一人の女の子を傷付けてしまった。
俺は自分が最低の男に思えて、一人その場に座り込んでしまった。
――ふと気が付いた時にはすでに部屋は暗く、腹の虫が夕飯を催促していた。
結局返事を書くはずの手紙を、俺はそのまま机の奥深くへ仕舞ってしまった。
それからしばらくして彼女から電話が入り、メールが届き、そしてまた次の手紙が届いたが、俺は返事ができないでいた。自分で自分を許せなかった。
それから数ヵ月後の彼女からの手紙には、
「京平、なぜ連絡をくれないのですか? 私のことはもう忘れてしまったのでしょうか? 淋しいです。私も、もう京平のことは忘れるべきなのかと迷っています。
実は最近、同僚のAさんに告白されて、付き合って欲しいと言われました。私は、本当は京平が好きだけど、京平がもう私のことを忘れているのなら……と考えると、これ以上は……とも思うのです。
お願いです、京平。この手紙が私からの最後の手紙になるかも知れません。
どうか返事を下さい。待っています。 京平のひまわり娘より 」
手紙を読み終えても尚、俺はやはり返事を書かなかった。こんな俺なんかより、そのAと言う男の方が、彼女を幸せにできるのかも知れない。そんな風に自暴自棄になっていた。
それからまた一ヶ月程した時に、彼女からの本当に最後の手紙が届いた。
「京平、お元気ですか? 今日はとても辛いお知らせです。
これを読んだらもうきっと、京平は私を許すことはないでしょう。だからこの手紙はきっと、私と京平とを別れさせる手紙になるのでしょうね。
先日会社の飲み会がありました。私も参加し、皆楽しくて、私もついつい飲み過ぎて、酔っ払ってしまいました。
二次会の時のことです。前に話したAさんが二人だけで飲もうと言い出しました。
Aさんは社内でも仕事が良くできる、若いけど人望もある人です。
交際の件は、まだ返事をしていませんでした。それでも彼は、気長に待つから……と言ってくれていました。私は正直に、京平のことも話しました。そして最近は連絡がないことも……。
彼は私の気持ちが落ち着くまで待つと、……そうも言ってくれました。そして、その日の二次会の後、二人で少し酔いを醒まそうと一軒の喫茶店に入りました。
覚えていますか? 上京する京平との別れの日、二人で入ったあの店です。
『茶房 クロッカス』 今もまだあるんですよ。マスターも変わらずで。
私はあの日から時々一人で行っていました。そして、マスターと京平の話をするのが好きだったんです。そこへ彼と行きました。
マスターは何かを察したのか、あの曲をかけてくれて、彼がちょっと席を外した隙に、私に一枚のハンカチを手渡してくれました。白い木綿のハンカチーフを。
そして、席に戻ってきた彼に私は言いました。
「お願いがあるの――私を抱いて下さい」
彼はとても驚いていたけど、すぐに了解して、店を出る準備を始めました。きっと私の気が変わらない内にとでも思ったんでしょうね。――曲が流れていました。
恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して 毎日愉快に 過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ ねえ 涙拭く木綿(モメン)の
ハンカチーフください ハンカチーフください
想い出の曲でした。でも、最後の歌詞のようにはならないと信じていたのに……。
私は彼に抱かれでもしない限り、京平を忘れることができそうになかったんです。
その夜私は、私の人生での二人目の男性に抱かれました。彼とのセックスは、やはり京平との初めての時とは違いました。私はイクこともなく、彼だけがイって終わりました。しかしそれは、何度か肌を重ねていけば、きっと変わるものなのかも知れません。もうこれできっと、後戻りもできないし、やり直すこともできないでしょうね。
さようなら」
読み終えた俺は、男の癖に涙が止まらなかった。そして葉子を傷付けた時と同じように、いやそれ以上に傷ついている自分の心を知った。
本当に好きだったのに……馬鹿な俺。一体何のために大学に来たのか。
俺はとうとう一晩泣き明かした。
それから数日後、俺が落ち込んでいるのに目ざとく気付いた先輩は、俺を呼び出すと言った。
「おい京平、一体どうした? この所やけに元気がないんじゃないのか? 何があったのか俺に話してみろ! 人に話せば少しはすっきりするもんだぞ」
俺は、先輩のその言葉につい甘えたくなって、ありのままを話した。
「お前も馬鹿だなぁ〜。そんなに好きな子がいるならそう言えば、俺だって紹介したりなんかしなかったのに……。葉子にも可哀想なことをしたなぁ。 ――でも、いつまでもくよくよしてたって仕方ないんだぞっ! ほら元気出せっ」
そう言って俺を慰めてくれた。
そう簡単に気持ちの切り替えはできなかったけど、時が次第に俺の辛さを拭っていってくれた。そして、いつの間にか彼女のことも忘れていった。
暫らくした頃、一人の女とふとしたきっかけで知り合い、付き合うようになった。
もちろんセックスまでしたけれど、何となく満足いかないものを感じた。相手も同じように感じたのか、自然と遠くなり離れて行った。俺にとっては三人目の女だった。