待たせてゴメンね♪
そこはいつものあの古びたカフェ。
この古さ加減がいいのか、それともコーヒーが美味しいからなのか、ついつい私たちは、ここで待ち合わせしてしまったのです。
今日もお客さんが結構入っていて、マスターは一人でちょっと大変そう。
『手伝ってあげようかしら?』そう思っていた矢先、山田さんがやって来た。
「やぁー待たせちゃってゴメンね、カレンちゃん!」
「いえ、全然そんなことないですよ。私もついさっき来たばっかりですから……」
本当はもう三十分位は待っていた。
「そうぉ? 出掛けに会社の人間から電話が入ってさぁ、明日の打ち合わせをしてたら遅くなっちゃって。――本当にごめん」
そう言うと山田さんはいきなり、頭をテーブルに擦りつけるようにして私に謝った。
「いゃ〜ん、山田さん止めて下さいよぉ、そんなこと。私ちっとも怒ってないですから〜」
そう言って慌てて私が止めると、それを待ってたと言う感じで頭を上げた山田さんは、にやぁ〜と笑って、
「良かった! だってこんなことでカレンちゃんに嫌われたくないもんなぁー」
そう言うと今度は少し照れたような、しかし爽やかな笑顔で笑った。
私もつられて「あはははっ!」と笑ってしまった。
「それと、俺のことはヒロシって呼んでくれない? 本名は山田広って言うんだ」
と文字を説明してくれた。
「えぇ〜いいんですか〜? 私より年上なのに呼び捨てなんて……」「いいんだよ。その方が嬉しいからさっ」
「分かりました。じゃあ早速。――ヒロシ〜!」
私がそう呼ぶと、山田さんは嬉しそうににっこり笑った。
「で、今日、俺を呼んでくれたのはなぜかな?」
少しおどけた調子でヒロシが聞いた。
「実は京平とのことなんですけど……。私、今迷ってるんです」
そこで一旦言葉を切って、コーヒーを一口飲むと、
「何を迷ってるんだい?」
と、ヒロシが聞いた。
「――私、京平とはこの前話したように、偶然の出会いから発展して今の付き合いになったんですけど、まだ一度も好きだって言われたことないんです。もちろん愛してるなんてことも……。私は京平のことはもちろん好きなんですけど……、だからこそセックスだってしてるし――」
そう言ってしまってから、頬が熱く火照るのを感じた私は、次の言葉に詰まってしまった。
そんな私をじっと見つめ、少し考えながら、
「――京平とのセックスはどうなの? 楽しいの? 抱かれてる時、カレンちゃんは幸せなの?」
真面目な顔でヒロシにそう聞かれ、私はすぐには返事ができなかった。
「――人間はね、所詮男と女だから、仲良くなったら最後はセックスにいく。それは自然な流れだと思うんだよ。だから誰もそれを責めることはできないよ。でもね、そのセックスが性欲だけでのものだったら、決して本当の幸せは感じられないと思うんだよ。そこに本当の愛情が伴ってこそ、初めて本当の幸せを感じるんじゃないかな?」
と、熱を込めて語ったあと、ヒロシは一口コーヒーを飲んだ。
「いきなり変なことを言ってびっくりしただろ? ゴメンな。でも俺はそう思うんだよ」
そうヒロシが言うのを聞いて、私はその言葉を頭で復唱し、心で噛みしめ、
『もしかしたらヒロシって案外素敵な人なのかも知れない……』
ふとそう思ったりした。それでも私が何も言わないでいると、いきなり、
「今日は天気いいよなぁ。ドライブ日和だと思わないかぁ?」
と聞いてきた。
「えっ?」
「――今日は車で来てるから、ドライブにでも行こうよ。ここじゃゆっくり話もできないしさっ!」
私が驚いてろくに返事もしていないのに、ヒロシはさっさと会計伝票を手に取って立ち上がると、さり気なく私の手を引っ張った。
慌ただしくヒロシが会計を済ませる。
『もしかしたら かなりせっかちな人なのかぁ……?』
また新たな一面を見た気がして、私は少し可笑しくなった。
あれよあれよと言う間に気が付くと、私はヒロシの車の中でシートベルトを締めていた。それくらい強引にヒロシは私を車まで案内した。
「さぁ〜準備はOKかなっ? じゃあ行くぜ〜ぃ」
と、ノリノリの雰囲気で車を出した。
『ええぇ〜〜いいのかなぁ〜?』
私は内心ちょっぴり不安になり、どこへ行くとも知らされず前を見ていると、海沿いの道路へ出た。窓を開けるととても気持ちが良くて、少しだけ寛いだ気分になった。
しばらくそのまま走ると、ヒロシが海岸沿いに車を停めたので、シートベルトを外して少し楽な姿勢をとって聞いてみた。
「ねぇ、ヒロシは彼女いるのぉ?」
「どう思う?」
逆に聞かれ返事に困って黙ってしまった。
「――実はね、好きな人がいるんだ。でもその子には今付き合ってる奴がいてさぁ、正直参ってるんだよねぇ〜。相談に乗ってくれるかぃ?」
「えっ? えぇ、私で良ければ……」
「もちろんだよ! ――実は、俺が好きな人は、今、目の前にいるんだ」
そう言ってヒロシは、私を見てにやっと笑った。
「えっ!? どこにー」
私は頭をキョロキョロと巡らせた。そして付近に誰もいないのを確認すると、まさかと思いながらも自分を指差した。
「それってもしかして私? ……そんな訳ないよねぇ。もう、ヒロシったらからかってぇ〜」
そう言いながら私は、ヒロシの肩を叩こうと腕を伸ばした。するとその腕をいきなり掴まれ、引き寄せられ「あっ!」と言う間もなくヒロシの胸でキスされていた。
一瞬の出来事に思考が止まっていた私は、何も考られず、ただ唇でヒロシの唇を受け止めていた。そして口の中にヒロシの舌が入ってきた時、ハッと我に返った。慌ててヒロシを押し戻そうとしたけど、そうするとヒロシはまた一段と強く抱き締め、同時に舌も遠慮なく押し入ってきた。
少しして、さすがに無駄な抵抗を諦め、私が力を抜くと、それに気付いたヒロシは、益々激しく私の唇を吸い、そして舌で私の口の中をまさぐった。
ヒロシの舌が私の上顎をそっとなぞった時、私は初めて痺れるような快感を知った。頭の中が感電したかのように痺れ、身体からすう〜っと力が抜けていった。初めての感覚だった。これまで何度もキスしたことはあったけど、こんな感じは本当に初めてで不思議な感覚だった。
京平とのキスでも、こんなことは今まで一度もない。どうしてなんだろう……。チラッとそんな考えが頭を掠めたが、私はしばし考えることを止めて、ヒロシのキスに酔いしれた。するとそれを察したのか、ヒロシのキスは唇だけに留まらず、私の首筋を這い、胸元にまで届き、私は何とも言えない甘美な誘惑に捕らわれていった。
そして、耳元でヒロシが囁いた。
「どう? このままHしてみない? きっと京平以上に満足させるよ」
本当なら断るべきなのに私は、もしかしたら……この人は知らない世界をみせてくれるのかも……との誘惑に駆られ、断れないままヒロシと近くのホテルへ入ってしまった。京平を裏切ることになるというのに……。