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雨女に関する考察

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「……だから、雨の日に傘も差さずにバイト先からこの部屋に戻ってきて、風邪を引いてしまったのか」
 Mは呆れ声を上げた。私は枕元に水の入ったペットボトルを置くと、もう一度万年床に潜り込む。
「だって、思ったんだもん。雨に濡れたら、ちょっとは雨女の気持ちが分かるかなぁって……」
 結局、良く分からなかったけど……。でも、少しだけ新鮮な気持ちにはなれた。傘を持っているクセに差すこともせずに、雨に降られている私を見る人の目が、少し痛かったけれども。
「他人の気持ちなんて、そう簡単に分かってたまるかよ。そんなエスパーみたいな能力があれば、もう少しは楽に社会に溶け込めるよ」
 Mはそう毒づく。Mは偉そうな口を聞くくせに、人見知りをする。人前だとその口もそう簡単に動かないという。
「――そうそう。件の雨女、今日死体で見つかったぞ」
「……っ! それって、どういう……」
「どうもこうも、ただの心筋梗塞だったらしい。雨の日に歩き回ったツケじゃないのか?」
 それは、少しショックだった。元気とは言えないものの、死ぬ様子の無い人が急に死んだ、という話を聞くと、知らない相手であっても少しばかりのショックを受けても仕方が無いだろう。
「でもまあ、何でか知らないけど、その女、すっげぇ幸せそうな顔をしていたそうだ」
「……」
 ありがちな話だ。死ぬ間際に願ってたモノの幻想を見る。本当にありふれていて嫌になる。
 結局女は自分の作り出した妄想と幻想によって救われた。その代償として、彼女はその命を失う。彼女はニセモノの救いに救われて、やがて息絶えた。その推測が本当ならば、それはどれだけみじめで、救いの無い話なのだろうか。
「でさあ、ちょっと気になるのが、バッグの中には大量のお菓子が入ってたらしいんだけど、何でか分かるか?」
「それは……分かんないや」
 そう言って、私は話はこれまで、と言わんばかりに布団を被る。
 ……その話に関しては、実のところ仮説があることにはある。だけどそれはあくまで仮説であるし、何より今になっては確かめようの無いことであるからだ。それに、この程度のことも推論付けられないこの男には、少しばかり悩んでもらおうとも思ったのもまた理由の一つだ。
 もし、もしだ。雨の日にいなくなってしまった子供が、また雨の日に戻ってくると信じている母親がいるとしよう。その時、子供は一体どういう状況なのだろうか? 
 そして雨女はその結論に至った。
 それは無論、推論であるし、この理論を結論とするにはいくらなんでも状況証拠が過ぎる。しかしまあ、そう考えた方がまだ後味がいい。
 子供がもし見つかった時、お腹を空かせていたら。そうしたら、バックの中のお菓子を食べさせてあげよう。そう思ったんじゃないだろうか。
 人でなしの友人、Mは悩み始めて沈黙したため、部屋は元の雑多な静けさを取り戻す。隣の部屋のテレビの音が洩れ聞こえ、屋根を叩く雨音が部屋に響き渡る。
 ――もう一度、ペットボトルの水を飲む。温くなってしまい、結露も細かなモノから大きな水滴に変わっている。
 この雨の中で、もう女は歩き回らない。悲しみながら歩き回ることも無い。今日、雨の中で涙を流すのは、このペットボトルぐらいでいいだろう。
作品名:雨女に関する考察 作家名:最中の中