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生者に贈るレクイエム

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 ガンを飛ばす双眸は鋭く苛烈。それなのに顔色はすこぶる悪かった。くっきりとうかぶ目の下のクマ。日焼けをしないたちなのか、死人のように青白い肌が――しかしそれでいて美しさを全く損なうことなくその美貌を彩っていた。
 しなやかで艶のある猫っ毛。肩に届くか届かないかくらいに伸びた黒髪は、無造作に下ろされている。
 スレンダーな身体は微塵の貧弱さを感じさせず、黒のロングコートの上からでも、がっちりと無駄のない筋肉が付いていることが窺えた。
 シャープな輪郭に鼻梁は高く、眼光の鋭い切れ長の目はひどく涼やかで――。
 整形してもこうはならないだろう。それは完成された美そのものだった。
 そのなりは繊細で精緻な芸術品。なのに、纏う雰囲気は可憐どころか軍神のように粗暴で粗野だ。
 不機嫌を隠そうとしない眉間のしわが――なまじ美形であるがために――そこらの悪霊よりもよほど怖い。とても声をかけられるような雰囲気ではなかった。
 あるいは、抜き身の刀を眼前につきつけられるかのような。
 遠巻きに賛美の声を上げることすら許されない。そう感じた。
 そんな少年の反応にひそめられた柳眉。
 彼は己の美しさにおののく少年を見下すように、不愉快そうな顔をさらに歪めた。
 いっそ凶悪すぎるレベルの美貌を直視することができず、少年は目を伏せた。
 背後の少年はこの青年に物おじすることなくキッと睨みつけて言った。
「さまよえる霊魂は哀れで気の毒に思う。けれど、僕は死ねません、絶対に。――だって、この身体は僕のためのものではないから……」
 無言の睨みあい。
 悪霊なんかそっちのけな険悪ムードである。
 美しい二人に挟まれる形となった少年は、先ほどとは別の恐怖に震えることになった。
 このまま永遠に続くかと思った危険な対峙だったが、折れたのは青年の方だった。
「チッ。勝手にやってろ、このバカが」
 と、吐き捨てるように青年。
 対する少年は自分に対してはあんなに優しそうに微笑みかけてきたのにも拘わらず、それが嘘であるかのように怒りをむき出しに言い返した。
「な……っ! バ神埼にバカと言われるなんて心外です!」
 対する青年も不愉快に思っているらしく、吐き捨てるように返した。
「へっ、そーかよ」
 どうやらこの二人、いっそ壊滅的なほどに仲が悪いらしい。
 出会い頭から続く険悪な空気。
 耐えきれずに震えていると、次の瞬間――場の空気が一変した。
 ザンと空気を裂くような音がしたかと思うと、少年の両足を拘束していた腕が肩口を切り落とされたのが見えた。
 バカンザキ――おそらく神埼という名前だろうが――彼の手の内には、いつの間にか日本刀と思しき獲物が握られていた。
 さらに容赦ない追撃をかけたと思うと、悪霊の頭を真っ二つにたたき割る。
「チッ。やっぱり首を落としても駄目か。うざってぇんだよ、この醜い肉塊が。――おい焔。人型だ、心臓<核>を狙え」
「言われなくても分かってますッ!」
 ムキになって怒鳴った彼は、直後悪霊に向き直ったと思うと握っていた何かを投げるように叩きつけた。
 頭と腕を持っていかれてのたうち回っていた黒い塊が、びくんと小さく痙攣した。
その胸のあたりに深々と刺さっている大振りのダガー。
 そしてその美しい少年は、無表情のまま迷うことなく足を落とした――刀身を叩きこむ。
 銀色に輝くものが、赤黒い肉塊の中に消えた。
 これが生身の人間であれば、間違いなく即死――。
「ひどい……」
 あれほど怖いと感じた悪霊になのに、あまりに無残な光景に可哀想で涙がこぼれた。
 少年――焔。あの優しそうな微笑みに似つかわしくない残酷な行為が自分には信じられなかった。
 現実味のない光景が目の前に広がっている。
 ――いや、どこからが本当のことなのか分からなくなってしまったのかもしれない。
 悪霊は、悪霊らしくまだその姿を保っていた。
苦しいのだろう。
 身の毛のよだつようなうめき声が頭の中にこだまする。――見ているこちらが倒れてしまいそうなくらい強烈に。
 焔という名の少年は、その傍らに膝を落とした。そして、はっきりとしない身体にくっきりと浮かぶ傷口に手を突っ込んだのだった。
「お休みなさい……いい夢を――」
 ねじるように引き抜かれた右手に、輝くダガーが握られていた。
 そして、響き渡る絶叫。
 それはまるで無色透明の消しゴムで一はらいするかのように――あるいは一瞬で微細な粒子になって散ったかのように――姿を消したのだった。
「成仏、したのか……?」
 今頃になってすとんと腰が抜けてしまった。
 悪霊が去ったことを証明するかのように、再び戻ってくる周囲の雑音。
 しかし、これでは成仏したというよりも、まるでこの二人の手で殺害されてしまったようで――。
 いつの間にか日本刀とダガーは消えていたが、これだけ派手な大立ち回りを見せたというのに周囲の人間は全く気が付いていないようだ。
 むしろ自分の方がおかしいのではないかとそんな気さえしてきた。
 青年は吐き捨てるようにつぶやいた。
「成仏、ね――」
 そして改札口の方を顎でしゃくる。
「おら、ア焔。ちんたらしてないでとっとと帰るぞ」
「ちんたら出てきた貴方に言われたくありません!」
 そして彼は怒気を散らすようにため息をつくと、こちらの方を向き直った。
「すみません。ちょっと失礼しますね」
「え?」
 先ほどのダガーを頭上に振り上げられ、恐怖に目をつぶった。
 痛みは、なかった――。


作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ