プロポーズ歌合戦
郊外の大ショッピングセンターがあり、休日には近隣から人々が集まってくる。広い駐車場を備え、カラオケやゲーム、パチンコ店に飲食店も入っている。ここは近隣に住む人達の娯楽センターでもある。樹木に囲まれた広場もあって、この広場はプロポーズのメッカになっているようだ。
まだ幼さの残るおそらく十代と思える女性が、年上の男性に向かって歌っていた。まだ恋に恋しているといった雰囲気である。そのぶん真摯でもあるのだろうが、ちょっと背伸びをした感じの歌だ。
♪ はじめてつけたマニキュアが
もろい かける 割れる はがれる
めぐり逢い紡いで 愛の色に織りあげた
あなたへの燃える火を
断ち切れない 消せはしない
(song:大塚博堂)
人が大勢集まる所なので、観客も多い。当然この男を横取りしたいという訳ではなく、歌っている女性に興味がある訳でもないと思える中年の男が、後を継いで歌い出した。とっさにこれだけのものを思い浮かべるのは難しいだろうから、日頃せっせと書きとめているのかも知れない。
♪ はじめてつけたブラジャーが
きつい さがる ずれる はずれる
たぐりあい集めて 肉を胸に押しあげた
あなたごのみの豊乳を
つくり切れない 偽せはしない
観客が笑った。女は慌てて、咄嗟に自分の胸を押さえる。それを見てまた観客が笑った。中年の男は観客の拍手を受けて気分がよさそうだ。女は顔を紅潮させて、歌い伝えた男の反応を見る。その男も笑っているので女は泣き出してしまった。
しかし男は、女に近寄り優しく肩に手を置き何事か女に囁き、歌い出した。
♪ 吹く風に答えをさがすより
時の速さを知るがいい
あの空に夢を託すより
本気で翔く方がいい
小さな幸せでよければ
僕と一緒に歩いてみませんか
隣り合わせの貧しさと
ひとにぎりの愛をつれて
(song:大塚博堂)
女が泣き笑いの顔になった。観客から拍手が起きた。替え歌の中年男も目一杯大きな拍手をした。男と女が手をつなぎ歩き出した。
拍手の中を……
Fin.