嘘を吐く
「今更だ、イーグル」
計画の是非について問えば口癖のように繰り返されてきたその言葉は、含まれる拒絶にも関わらず決して冷たくは響かない。
そういえば、知り合って間もない頃に、難儀な男だ、と感じた記憶がある。
その印象は今でも変わらない。コイツは難儀な男だ。
育ちの良さを思わせる優雅な所作で書類をぞんざいに放り、椅子に背を預け、口の端を吊り上げて笑う。
どこか挑発的な素振りであるのは、恐らくはわざとだろう。
「だが、ここらがお前の引き際かもしれないな」
「負けるのか」
「ああ」
先日の戦闘で、第3軍と第4軍が大敗し、今この国の肝である帝都を守るのはグリンバーグ将軍率いる第1軍と、皇帝直属の親衛隊のみ。
勢いづいた連合軍が帝都に迫り来るのは、もはや時間の問題だ。
そういう差配を、彼は為した。
帝国を滅ぼすと言った、あの時の彼の想定通りに事は進んでいく。
あまりにも順調に。
呆気ないと言ってもいい。
彼は笑う。
さも喜んでいる風に見せる為だけの、薄っぺらな笑みだ。
「お前には十分過ぎるほど働いてもらった。報奨は弾ませてもらう」
「勝手に店仕舞いにしてんじゃねぇよ。依頼にゃ最後まで付き合う主義だ」
「……イーグル。分かっているんだろう?」
覗き込むように尋ねながら、その声は確信を含んで響く。
そしてその確信は誤らない。
分かっている。
ああ、分かっているさ。
そう内心で、文句なのかそうでないのかよく分からない言い分を垂れる。
そんな事さえも見透かしたように、彼は何事も無かったかのように全てを流す流暢さで続けた。
「報酬はお前の根城に届けさせる。もしも金額に不満があれば、交渉はその配達人相手にしてくれ。
まぁ、あれは俺ほど大雑把ではないから、苦労するだろうがな」
何笑ってやがる、ちっとも面白かねぇぞ。
腹が立ったのが良かったのか、多少は己のペースを取り戻した心地がした。
それが再び奪われない為に口を開く。
「おい」
「ん?」
「オレはタダ働きが嫌いだ」
「だろうな」
「だが、もっと嫌いなのは、仕事を終わらせもしねぇで報酬を受け取ることだ。
報酬は全て見届けた後でいい。たとえテメェが・・・」
そこで思わず言葉に詰まって、目の前の男を見る。
底が見えないほどに澄んだ目を。
譲れない唯一の望みを抱き続ける強さを。
その為に他の全てを諦める弱さを。
「・・・テメェが、その時いなくても」
彼は凪いだ湖のような、本当に静かな目をしていた。
暫くの沈黙。
しかしその目は不意に閉じられ、口元に柔らかな笑みが刻まれる。
そして呆れたような、小さな溜息が響いた。
「俺の計算違いは、お前が想定以上にお人好しだったところだな」
「なんだそりゃ・・・」
「恐らく俺はお前の望みを叶えてやれないだろう。それでもいいのか?」
眉間に皺を寄せて、いつもなら不敵に見えるのに、今は相手を労わるような穏やかな笑顔に見える。
きっとこの顔が、偽りだらけの彼の真実。
そう思った時、胸に去来したのは喜びではなく、今まで感じた事もないほど途方も無い、無力感だ。
オレがコイツの為にしてやれることは、余りに少ない。
相手も同じ事を考えているだろう。
叶えられないという、己の望み。
「・・・・・依頼は依頼だ。沽券に関わる」
「・・・・・そうだな」
オレは嘘を吐いただろうか?
全てを見透かしたように笑う彼を見て、不意にそんなことを思った。