花のくびかざり
初夏の昼下がり、今登ってきた坂道をふり返って、ゆみは肩で息をしながらいいました。
町と海がぐるっと見渡せる丘の上の小学校。今日は、卒業して十五年ぶりの同窓会です。
東京で働くゆみは、校舎や校庭をゆっくり懐かしもうと、会の始まる時間より二時間も早くやってきました。
鉄筋コンクリートで三階建ての校舎ができたのは、ゆみが五年生の時です。でも、なぜか四年生まで過ごした木造校舎の方が思い出深く、とくに古い校舎といっしょに倒された柿の木のことが忘れられません。
その木は、四年生の教室のそばにあって、花の季節になると女の子は、地面に散った花で首飾りを作り、『真珠の首飾り』と言って遊びました。小さな丸い釣り鐘形の花は、糸でつなげると本当にそう見えたのです。
(柿の木はこのへんだったかなあ)
と思いながら、ゆみは校舎の左側から裏庭へ回りました。今は体育館が建っています。今日の同窓会の会場です。
体育館の裏へ行くと、そこは昔と変わらない杉林です。けれど黒々とした杉木立の中に一本だけ低い緑色の木がありました。
(まさか、あれは……)
近づいてみると、まちがいなく柿の木です。まだ若い木ですが、淡いクリーム色の花をたくさんつけています。
ゆみは、なつかしい友だちとの思いもよらない再会がうれしくて、何度も幹をなでました。
「よ、久しぶり!」
突然うしろから声をかけられ、驚いて振り向くと、そこには若い男の人がいます。
「相変わらずちびだな。おかっぱ頭」
やけになれなれしいのは、たぶん同級生……ですが、思い出せません。
「忘れたのも無理ないさ。おれ、4年の2学期に転校しちゃったから……」
ゆみはしばらく考えて、(あ)と口だけ動かしました。茶色い髪とそばかす、切れ長の目、おとなしそうに見えるけど、ゆみをいじめた……。
「しゅ、俊介くん?」
「あたり。おれはゆみのこと、ずっと忘れなかったよ。なにしろ……」
「わたしも。きみのしたことはね!」
ゆみは少し声を荒げて俊介のことばを遮りました。
「そうよ。筆箱や上靴を隠したり、ノートに落書したり、死んだヘビをみせびらかしたりね。おまけに柿の種まで……」
「ちぇ、よく覚えてるなあ」
俊介は決まり悪そうに頭をかきました。
「忘れるわけないでしょ。許さないから」
4年生の時、柿の木がなくなるのを知ったゆみは、落ちた実からとった種を植えようとしました。ところが俊介はそれを取りあげ、杉林に投げ捨ててしまったのです。
俊介は、つかつかとゆみのそばに来て、
「いいじゃないか。こうやってりっぱな木になったんだ。また花の首飾りができるぞ」
と、幹を軽く叩きながら言いました。
「ば、ばかみたい。子どもじゃないのよ」
「へえ、少しは大人になったんだ。いやあ、あのときの蹴りはすごかったもんな」
種を捨てた俊介のすねを、ゆみは思い切り蹴飛ばしたのです。俊介が転校する2週間前のことでした。
「わたしは杉の葉っぱで手が傷だらけになったのよ。きみのせいだわ」
あの日、やぶの中を探し回る自分に、俊介は『ばか』と言ったのです。
ゆみはぶっきらぼうに聞きました。
「でも、なんでここにいるのよ」
「おれ、最近またこの町に越してきてさ、今日同窓会だって聞いて」
「やだ。君がいるなら、わたし帰る」
すると、俊介はいきなりゆみの腕をつかみました。
「待てよ。おれ、今日はお前に会いに来たんだ。その……ごめん。いじめて」
「な、何よ。急に……」
とまどったゆみは、俊介の手を払いのけ、ぷいっと背を向けました。
若葉色の木もれ日が二人を包み、やさしい風が静かに流れていきます。
やがて俊介はぽつりと言いました。
「転校する前の日、植えたんだ」
「え?」
ゆみはふり返って、まじまじと俊介を見つめました。
「すてるふりしただけなんだ。ほんとうは」
俊介は、はにかんだような笑顔を見せると、逃げるように走り去っていきました。
たたずむゆみの肩に、花がこぼれます。
(つくってみようかな……首飾り)
ゆみは花をひとつ、そっと手のひらにのせました。