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葎@ついったー
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die vier Jahreszeite 007

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007




昼過ぎから降り始めた雪は,暗くなる頃には本格的に勢いを増していた。

「ううう,さっびーな。あークソ。マジで寒ィ」

ぶつぶつ文句を云いながらも,マフラーをぐるぐる巻きにした首と,ふわっふわのイヤマフを被った耳はあったかくて,俺はらしくもなく上機嫌だった。

「…にしてもアイツら,いきなり来るとかな」

低くひとりごちて,喉で笑う。
普段だったら皮肉のひとつやふたつついて出るところが,今日はなんだか無性に嬉しくてそれを噛み殺すこともできなくてひたすら顔がにやけてしまう。
俺様らしくねぇ,とため息を吐いて,緩む頬を掌でぐいぐいと擦った。

ぶらぶら歩いたせいでいつもより随分余計に時間がかかった。
時刻は二十三時近い。
漸く辿り着いたアパートの前,ポストを覗き込むと不用品回収のチラシと人生相談のチラシが押し込まれていた。
どっちも俺には必要ねーよ,とすぐ下に置かれたゴミ箱に丸めて投げ込み,鼻歌交じりに部屋を目指す。
かん・かん・かん,と足音を響かせて階段を昇り,俺はその場で足を止めた。

部屋に前に,誰か居る。
眉間に皺を寄せ,目を細めて窺うと,どうやら子どもらしい。
普段ちっこいガキと接する機会がないため,いくつくらいとはわからないけれど,膝を抱えて蹲る姿は小学校に上がるくらいか…それよりも小さいんじゃないかと思えた。

なんでそんなガキが,うちの前に?
怪訝に思いつつも,いつまでも俺がここに突っ立っていても仕方がない。
今日の晩メシに,とバイト先から貰ってきた冷凍鍋焼きうどんとビールが入った袋を手首に引っ掛けたまま,蹲るガキに歩み寄った。

「…おい,何やってんだここで」

蹲るガキのすぐ横に立って声をかけた。
俺の声にびくっと肩を揺らしたガキが,のろのろと顔を上げる。
もちろん知らない顔だった。

ただ,いつからそうしていたのか,階段を上がりきったところにひとつだけある蛍光灯のほのかな明かりでもそのガキの耳が真っ赤になっているのがわかった。
顔を上げた子どもは,俺の顔をぼんやりと見つめ,それからごそごそと身じろぎするとダッフルコートのポケットからくしゃくしゃになった封筒を引っ張り出して俺に差し出した。

「ンだよコレ。読めって?」

胡乱に見遣りながら尋ねると,怯えたように細い肩を震わせながらもこくん,と頷く。
さらさらの絹糸みたいな髪がその動作に合わせて揺れる。
俺は仕方なしにその場でくしゃくしゃの封筒の封を切り,中から引き出した便箋を廊下の柵に寄りかかりながら階段上から辛うじて届く淡い光にかざして広げた。

――弟。
目に飛び込んできた文字に,俺は心臓が変な風に脈打つのを感じた。
どくん,と。
ひとつ音高く脈打って,そのまま動きを止めてしまったかのような。
口の中,舌が強張って上顎に張り付く。
何…意味が,よくわからねぇ。

とりあえず動かない頭を蹴り飛ばすようにして書かれていた文面を最後まで読み通す。
手紙の主は俺の父親で,蹲ってたガキは俺と母親違いの弟になるらしい。
事情があって手元においておくことができなくなったため俺に託す,と手紙には綴られていた。
生活費の心配はいらないということと役所などの手続きは嘗て俺も世話になっていた伯母を頼るように,と。
そして最後に「お前のたったひとりの家族だ。仲良く暮らせ」と書き殴られたような字で結ばれていた。

「ッざけんなよ!」

思わず喉の奥から声が漏れた。
それだけじゃ足りなくて寄りかかっていた柵を拳で殴りつける。
すると剣幕に驚いたガキが足元でびくっと身を震わせるのがわかった。

弟,だって?
嘘だろ。そんなの知るかよ。だいたい何だよ。何年ぶりだと思ってんだ。コイツの母親は何やってんだよ。っていうか何で俺だよ。
いくつもの思いがぐるぐると胸を塞ぐ。
しかしそれも,勢いが足りずにあっという間に失速してしまった。
怯えたように俺を見上げて,泣くのを堪えているように唇を噛み締めている,小さな顔が視界に入ったから。

「…お前,俺の弟?」

投げやりな声で尋ねると,ガキは戸惑ったように俺を見上げながらも,こくん,と頷いた。

「名前は」
「…ルートヴィッヒ・バイルシュミット」

細い声は,微かな風にも立ち消えてしまいそうなほどか弱い。
大丈夫かコイツ,と胡散臭げに見下ろして,嗚呼,とすぐ納得が行った。

「…とりあえず中入るか」

寄りかかっていた柵から身を起こし,俺は自分の耳を覆っていたふっわふわのイヤマフを引き剥がすと蹲る小さなガキの頭にぽふっと被せた。
それからマフラーもはずして首元にぐるぐるに巻きつけてやる。

「部屋入ってもすぐには温まらねぇから,しばらくそうしてろ」

マフラーに鼻まで埋もれ,目だけで俺を見上げたガキは,俺がそう説明すると素直にこくん,と頷いた。
頭の中はまだ混乱していた。
しかしだからと云ってこんなクソ寒い中,なんて云われたんだか知らないがじっと動かずに待ってたちっこいガキを交番に突き出す気にはなれなかった。

俺の,弟。
ルートヴィッヒ,て云ったっけ?
大層な名前だなァ,オイ。
バイルシュミットは,親父の姓だ。
俺と同じ,あの,親父の血を引いている。

玄関の鍵を開けて,ドアを押さえてやる。

「ほら,入れ」

云うと小さな頭でこくんと頷いて,空いた隙間から滑り込むようにして玄関に入った。
靴を脱ぐときちんとそろえてから部屋に上がる。
おいおい,こんなちっせーのにどんだけちゃんとしてるんだこのガキ。
暢気極まりないことに,俺は素直に感心した。
父親の名義で借りてある部屋は,いちおう2Kの間取りがある。
玄関から入ってすぐが狭い台所。左手がトイレと風呂。あとは和室が二間で六畳と四畳半。
六畳の方をメシ食ったり課題やったりするのに使って,四畳半の方はほとんど万年床の布団が敷いてあるだけの部屋だった。
ひとりで暮らすには広すぎる部屋だけど,今日からここにもうひとり増える。
そこまで考えて俺は愕然とした。

本気か俺。
このチビと一緒に暮らしていくのか?
自問に対する答えは,すぐには浮かばなかった。
如何せん全てが突然過ぎてまだ混乱している。
腹も立っているし,途方にも暮れている。
しかしだからといって立ち尽くしていても事態は動かない。それくらいのことは上手く回らない頭でもわかった。

だとするなら,まずは,だ。

「テキトーに座ってろ。もうちょっとすりゃヒーター効いてくるから」

キィン,と冷え切った部屋に明かりを点し,六畳間の隅に置いてあるヒータのスイッチを入れた。
背筋がぶるっと震える。
マフラーとイヤマフをチビに貸してしまったせいだ,と思ったけれどもこのクソ寒い中すぐ傍で震えられるよりはマシだ,と思った。

「…あの」

小さな声がした。

「あ?」
「あの,トイレ」
「あー,こっちだ」

腰を下ろすことなく立ち尽くしていたのはどうやらトイレを我慢してたらしい。
俺は先に立って部屋を出て玄関の横にあるトイレへとガキを連れて行った。
これくらいのちっこいガキってひとりでできんのか?
疑問に思ったが,明かりをつけてやると「ありがとう」と小さな声で礼を云ってガキはひとりでトイレに入って行った。