鏡の中の由美ちゃん
「なんか安藤さんって暗いよねぇ」
朝の教室で高山さんがポツリとつぶやく。
わたしは言い返そうと思ったけど、すぐに別の話になっちゃったから「おトイレ行ってくる」と言って廊下に出た。
廊下にも由美ちゃんの姿はなくて、ちょっとホッとする。
安藤由美子ちゃんは幼稚園の時からの友達だ。
ジャングルジムや滑り台が好きなわたしと違って由美ちゃんはおとなしい子だったけど、暗いなんてことはなかった。笑顔がとってもかわいい女の子だった。
でも、3年生で久しぶりにクラスメイトになった由美ちゃんは少し変わっていた。「沙希ちゃんと同じクラスになってうれしい」って言ってくれるのに、幼稚園の頃みたいな笑顔は見せてくれなくなった。
去年も由美ちゃんと同じクラスだった理恵ちゃんから聞いたんだけど、由美ちゃんはちょっといじめられていたらしい。
でも、由美ちゃんにとってそれが”ちょっと”だったのかはわからない。
おトイレに入るとピンク色のランドセルをしょったおさげの女の子が鏡を見ていた。
鏡の中にあったのは、わたしが知っている笑顔。
「あ……っ」
わたしに気がついた由美ちゃんがふり向いて、はずかしそうにおトイレの床を見ている。
そうか、本当は由美ちゃんも笑いたかったんだ。
わたしは由美ちゃんの肩をガシッと持つとグルンとからだを半分回して、鏡の中の由美ちゃんに向かって「わたし由美ちゃんのこと大好きだよ」って言った。
そしたら由美ちゃんも「わたしも沙希ちゃんが大好き」って答えてくれた。
ほら、やっぱり由美ちゃんの笑顔はとってもかわいい。
すっごく嬉しくなったわたしは鏡の中から由美ちゃんを連れ出して、つないだ手をブンブンと振りながら教室へと歩いていった。