なつやすみ
ギター抱えたまま何気なく振り向いてみたとき、双子の弟がすぐ背後に立ってたときには本当に死ぬかと思った。ドッペルゲンガーかと思った。リビングの床に楽譜広げて、だらしなくソファにもたれたままギターの練習に熱中してたもんだから、気づいたときの俺のビビリは相当なもんだった。マジ寿命縮んだ。
きっと俺はもう長くない。まだこんなに心臓がばくばく言っている。
「おま……っ、声ぐらいかけろよ帰ってきてんなら! つーか後ろに黙って立ってんなよ! びっくりすんだろ!」
「ごめん」
だって振り向いたらさあ、ぬぼーっと俺のこと黙って背後から見下ろしてんだよ、俺そっくりの顔が。
これホラーじゃね? おっかなくね? ぶっちゃけR指定ぐらいでもおかしくなくね? 双子だから似てるのはまあしょうがねえけどさあ、そんな幽霊みたいに青白い顔で……あ。
「おい、なんか顔真っ青だぞ。もしかして具合悪い?」
「うん、ちょっと……今朝起きたとき、なんかやばいかもって気はしてたんだけど、でも当番休めないし」
弟はクラスの図書委員というやつだ。
うちの学校の図書委員はこの夏休みの間、持ち回りで図書館の当番が回ってくるらしい。一応委員全員の持ち回りってことになってるらしいんだけど、やっぱ誰も休み中まで学校に来たくねーから、要領のいい奴は大体、誰か押し付けやすい奴に替わってもらうわけだ。
たとえば一年生とかな。大人しくて無口な奴とかな。そんで絶対逆らわなさそうで、その上マジメな奴とかな。
「今日暑いだろ? だから図書館、ちょっと冷房きつくて。一応二時間ぐらい頑張ったんだけど、たまたま本借りにきた先生に顔色見られて保健室に連行されて、そのまま車で家まで送ってもらっちゃった。ただの夏バテなんだけどさ、よっぽど具合悪そうに見えたみたい」
……つまりうちの弟みたいなのは、格好なターゲットなわけだ。
「調子悪ぃときぐらい休めばいいじゃん、当番」
「代わりに行ってくれそうな人が捕まらなくてさ……携帯とか教えてもらうほど仲いい人もいないし」
「お前頭はいいのに本当要領悪ィなー」
「どうせ友達少ないよ……ごめん、ちょっと横になっていい?」
「あ、わり」
膝の上のギターを壁に立てかけ、リビング中に散らばった楽譜を適当にかき集めて、弟が寝るスペースを作る。枕になりそうなクッションを探したけど見当たらない。楽譜散らかすついでにどっかにやっちまったんだろうか。わざわざ自分の部屋まで取りに行くのもだりーなと思ってたら、ナイスアイデアを考えついた。俺ってばマジ天才。
「おし来い、弟よ」
「……何、その手」
「お兄ちゃんが膝枕してあげよう」
「具合悪いときぐらいそういう変なボケやめてほしいんだけど……ああいいやもう何でも」
いい加減立っているのが辛くなってきたんだと思う。じゃあ本当に膝借りるから、と言った弟が、ぐるりとソファを回りこんできた。俺のフトモモを枕にして、制服のままでごろりと横になる。
「で? どうよどうよ俺の膝枕は」
「……筋肉質で硬くて寝心地悪い」
「おまえなー、言っとくけど本来ギター様専用の席なんだぞそこ!」
「それって年頃の男子の膝としては微妙に不名誉なことだよね……」
「うるせ。その特等席に今日だけ特別にご招待なんだ、文句言うな」
「うん」
ありがと、とちいさく呟くように落とされた声は低くかすれて弱々しくて、何でだかどきりとした。
除湿に切り替えてやったエアコンはおだやかな風を吐き出し続けている。窓から見えるベランダの向こうは、目が痛くなるぐらい真っ青な空だった。どこか遠くの方を、自転車の集団がベルを鳴らしながら通って行くのが聞こえてきた。
「あー……なんかこのまま寝ちゃいそう」
「寝心地悪いとか言ってたじゃん」
「そうなんだけど、こうしてたら少し楽になってきたみたい」
「寝ていーよ。かーちゃん昼過ぎまで帰ってこねえって言ってたし」
「うん」
寝ろ寝ろ。病人はさっさと寝てしまえ。
……てゆうかそれよりもさあ、弟よ。
俺きっともう長くないよ。だってまたこんなに心臓がばくばく言い始めてる。
それになんか、お前にその位置で何度も寝返り打たれちゃうとマズいっつーか、短パンの膝とかモモとかもうちょっと上のあれでなにな部分とかに寝息がかかってムズムズするっつーか、お前の髪が乾きかけの汗で首筋にはりついてんのが変にえろいっつーか。
自分と同じ顔なのにドキドキするっつーか。
やべえな、俺ちょっとナル入ってんのかな。
つうかぶっちゃけ今、ムスコがちょっと勃っちゃいそうでマジやばいんですけど俺。どうするよ俺。
もしこいつに気づかれたら間違いなく死ねる。